昨年からいろんな出会いが多い俺である
それも、かなり中身の濃い出会いというか、特に自分の生き方暮らし方に大きな影響をもたらした方が多い
その中から今日は、フットサルの世界で俺がリスペクトする某氏について書く
彼は俺よりもふたつ年上。俺から見れば兄と同じ年齢差である。
しかし、同じ年のほかのニンゲンとくらべても全然「若い」のである。36という年齢を感じさせない不思議なものを持っている。20代といっても誰も疑わないだろう。
けど行動は限りなくオトナである。本当、常識というかマナーというか、口に出して言わないのだがその辺のことはキチンとできる人なのだ。それにすごく低姿勢であり、そのあたりの部分が幼稚な俺からみたら、本当ソンケーに値する
それと彼は俺と同じく、人生の修羅場をくぐっている。だからなおさら通じる部分もあるのかもしれない
この方の特長は、そのフットワークである。
なんたって動きが機敏である。あっち行ったと思ったらすぐこっち、こっちいたと思ったらはるか向こうに、といった按配である。これは一緒にフットサルをプレーしていて本当よくわかる。
フットサルのプレーに関しては、判断力もあるし全体を見渡す視野も含めたスキルは、確実に俺の5倍はあるだろう
(実は彼は清水生まれである)
俺はケガのデパートというくらいケガが絶えない男だ。まあ幸い骨折というのは体験したことはないが、打ち身捻挫は当たり前、両膝と左足首の靭帯は一回ずつ伸ばし、右足首靭帯にいたっては断裂まで経験している。松葉杖の使い方も手馴れているのである(笑)
そんな俺が昨年6月に業務中に椎間板をおかしくしてしまった。いよいよ腰である。坐骨の神経が飛び出て常に触れて、立っても座っても(コレが1番痛い)、寝ても覚めても痛い。それはそれは言葉に出ないくらい苦しんだ。
実はこの時点で、俺はフットサルのプレーをやめようかと思っていた。治っても、もうケガはこりごりである。フットサルからだんだん腰が引けていたのは事実であった。
しかしこの方に出会って、そのプレーぶりだけでなくフットサルに対しての取り組み方や楽しみ方などを目の当たりにしてみると、なんだか俺はこのままで終わってはいけないのではとヤル気がムクムクと湧いてきたのである。
3月くらいからだんだん走れるように、そしてボールを蹴っても腰に響かなくなった。実は俺はこの方の背中を追いかけるうちに、なんだか治りも早くなったように感じる。そんなこんなで恐怖を克服し、いまや積極的にボールを蹴るように変わったのだ。
しかしそんな俺も追いつけない。驚くなかれこの方は現在週8回はどこかでボールを蹴っている(らしい)
これはさすがにムリである。ただ不思議と彼はどこのチ-ムにも所属していない。
そんな彼は関東リーグ某チームのティフォーゾである。単なる応援だけでなく、チームと一体となって勝利のために頑張っているのだ。誰よりもチームに近い存在といっても誰も異を唱えることはないだろう
各会場には誰よりも早く(オフィシャルよりも?)足を運び、段取りをする。また情報収集にも余念がなく、チームのためにいろいろな情報を日夜拾い集めている。また会場では周囲のファンに対してフレンドリーに接し、一緒に楽しんで!というイイ雰囲気作りに気を配っているのだ。
ある日、この日は某チームの試合がないという開催日なのに笠松体育館(茨城)までいくという彼に「遠いのにわざわざ、それも一人で・・・?」と聞いたことがある。
彼はさらっと答えた
「たしかに遠いですけど、何かチームに役に立てると思うと、長い距離もいい旅行になるんです」
目からウロコとはこのことである。またこんな言葉も
「こうやっていろいろやるのも、このチームが本当に素晴らしいプレーを魅せてくれるからですよ」
なるほど。仰せの通りである。実は俺にとってはこの言葉がとてもインパクトが強く、俺もそんな気持ちで好きなチームと接していきたいな、と思うきっかけになったのだ
このチームのファンは彼を中心にすごくフレンドリーである。またマメである。
横断幕は手作り。実に創作技術の高い方ばかりが、情熱をこめていろいろと趣向を凝らしたものばかりだ。
昨シーズン掲げていた、選手ひとりひとり(マネージャーも含め!)の背番号と名前がずらーっとならんだ「個人断幕」は名作中の名作である(これは現在、福生のボアソルチに飾ってあります。必見!)
またオール手作りでチームカラーの「うちわ」を無償で配ったりと、この方たちも本当にリスペクトである。
そんな中で一番お世話になっているのは息子である。
俺が仕事で忙しいため、息子は関東リーグは各会場にいつもひとりで遠征をして観戦をしていたのだが、なにせまだ幼いのでいろいろと失敗もあった。特に茨城の笠松に行った時は、予期せぬ出費で帰りの交通費分を使ってしまい、困り果てていた。そんな姿を見かねてか、問答無用に彼のワゴンに乗せてくれて、以降の遠征は息子をくるまに乗せてくれたりもしてくれている。
(ちなみに5月3日の大阪での国際試合(日本vsブラジル)の時も、大変お世話になりました)
まあとにかく、この方のフットサルに対する情熱は本当に俺も動かされるものがあるのだ。
そんな彼、数ヶ月前に会社から名古屋への転勤を命じられた。上場企業にはかならずある「異動」である。
それに対して彼の決断は早かった。
彼はいさぎよく退社をしたのである。彼の年齢では誰もがためらう決断である。大好きなチーム、そして一緒にプレーする仲間、つまり自分がフットサルに対して正直に生きてきた環境を捨てることを拒否したわけだ。
そして数ヶ月の「充電期間」を終え、彼はいよいよ新たな職場で再スタートする予定だ
困難なことも少なからずあると思うが、そのフットワークを活かして頑張ってほしいものである
フットサル関東リーグもいよいよ6月10日に駒沢で開幕する