最終回・あとがき


昨年の7月1日からスタートしたこの「旅日記」、別に旅行のコラムなんぞ書くつもりもさらさらなく、相変わらず「俺の半径5m以内の出来事」を中心に書き進めていたつもりであった
(※一番初めの文章でも書いたが「忌野旅日記」という本の受け売りだった)
ところがこの一年、フタをあければビックリ仰天である
俺も当初考えても見なかったくらいあちこちに出かけてしまった結果となった。
第一、国内の自分の「南限」と「北限」をこの一年で一気に広げてしまったから驚きである
(今までの南限は熊本、北限は仙台)
7月には初めて鹿児島に行ったかと思えば、10月には初めての北海道である室蘭まで行ってしまう
そして更に2月には沖縄へ行って更に南限を広げる始末だ。あきれるほかないのである。
俺だけではない。息子も今考えれば俺以上にいろんな旅をした。
鹿児島へフェリーで行き、そこから各駅列車で親戚宅(北九州と飛騨地方)をたどっていったり、高知の室戸までこれまた各駅で行ってなぜか(帰ってから聞いたのだが)定置網漁船に乗って漁を体験したりと、今考えればすごいことをしてくれたわけで
もう彼はすでに俺の知らない日本を知ってしまったし、この先もまだまだ俺の知らない自分の世界を広げていくに違いない。
本当、馬鹿というかどうしようもない親子である。などと自分でいうのも背中がかゆいが
いよいよ愛すべき現場、そして現場の愉快な仲間との日々も、10月までにはすべて移転によって変わります
移転はただのお引越しに終わらず、環境の変化とともにたくさんのやさいくだものや花、そしてうるさいオヤジとお笑いとゴミにまみれた非常にナーポリな現場はすべて古いものとして「棄てられる」運命になります。
想像を越える近代設備の中で「やっちゃば」は無機的な「食品物流センター」になり、ひたすら物流効率を追い求めて関東のハブ市場として発展し続けることでしょう(棒読み)
それに直面するときには当然のことながらたくさんの取捨選択があり、たくさんの人との別れがあり、直視できないくらい厳しい現状を目の当たりにするでしょう。
そのときに果たして俺が生き残っていけるかどうかは正直わかりません。この市場に勤めて10年、あきらかに市場の実態は幼稚な物流センターに転落してるのだなと感じます。またそれでよしとする経済効率優先の情けない現状に俺は飲み込まれているのだなと。
世間では野菜のソム●エだ、ローハスだと「いかにも」なくだらない「夢」ばかりが世の中を謳歌している。
ただその「夢」は仕掛け人が「いかにお金をむしりとるか」の手段にしかなってない、ということにそろそろ気付くべきだと俺は思う。お金がとれなくなれば広告代理店も「はい次!」なのはミエミエなのだから。
野菜を取ってヘルシーになるのは結構、オーガニックで自然にやさしいくらしを実感するもごもっとも。
ただ、その現在位置が本当の意味での「ロ-ハス」なのだろうか?
不法就労の外国人を奴隷みたいに使っていかないと生産が維持できない日本の食糧事情は、果たしてこの先誰がどうやってつなげていけばいいのだろうか?
現場にいていろいろと考えるあれこれ、たぶんそれも何かに飲み込まれていくのだろうね・・・・。
さて、この「小間切れ」日記シリーズも一旦ここらで区切りをつけたいと思います。終了です。
飽きたとか、やる気がないとかではなく、まあいろいろと正しい理由があるわけで(笑)
もし・・・かしたらどこかみなさんのしらないところで、いつのまにやら勝手に始まっているのかもしれないし、そうでない・・・かもしれません。
なかなか会えなくて近況を伝えられない友人には、個別に連絡します!!!!
ではこれにて失礼
(Fine)

