maggio 16, 2006
aprile 28, 2006
シロ君旅立つ
形あるものは永遠ではない
昨日、シロ君という犬とお別れをした
正しくはぬいぐるみだ
息子が5歳のクリスマスの夜、いたずら心で俺は周到に「仕込み」でサンタの国からのプレゼントを息子の寝ている布団に突っ込んだ
息子が目覚めると
「うわ!なんたこりゃ!」
「俺知らね」と、俺は忙しぶって息子の問い掛けにはわざとすっとぼけだ
そんなサプライズから息子とご対面した、ちいさい息子とほぼ同じくらいの大きさのいぬのぬいぐるみは、すぐに息子の弟分となった。
かわいいものである
タオル地のそれはよくできていて、すやすや寝ているポーズがいかにもなぐうたらいぬで、かわいいもんだった
まだ保育園児の息子が本気で会話を楽しんでいたのを見て俺も笑いころげた
「おい!起きろこのねぼすけ」
忙しい俺との生活で、どうしても息子は家にひとりでいる時間が多かった。シロ君と名付けたいぬは唯一の友達だった
残業で遅くなる俺より先に布団を敷いて寝るときも少なからずあったのだが、俺が帰宅してみると息子はシロ君を布団に引っ張りこんでスースー寝ていたりと
それを見て少しは俺も安心したもんだった
月日は流れる
タオル地のふわふわなシロ君は、かわいそうに年々修繕が必要になるくらい穴が空きまくってしまう状態になった
タオル地だけあって、直しても直してもぼろぼろとなってつかみどころがなくなってしまうのだ
時を同じくして、親の想像をはるかに越える成長を続ける息子も、さすがに中学になってからは一緒に寝ることもなくなり、シロ君は部屋の片隅で静かにちっちゃくなったままだった
こういう愛玩動物(?)はこのような状態がいちばんつらいものである
かといってこのワタを四六時中巻き散らしているかわいそうなシロ君を家にずっと転がしておくわけにもいかぬ
うーむ、お別れだな
息子はまあしかたないか、とわりとさっぱりしていた。当たり前だが
この場合、悲しいというかなんとも言えないフクザツな気持ちになるのは親の俺の方であった
この気持ちはどこからくるのだろう
今日シロ君は我が家から旅立った
ちいさい息子が、布団にシロ君を引っ張りこんでまるで二匹の犬みたいにスースー寝ている映像が頭の中に見えた
ああ、そうだったよな
いまではどうもピンとこない、こんな幼児期のささやかな時間を、時々記憶の引き出しから引っ張り出していろいろ想うのは、親の特権かもしれないなあ
などとわかりきったようなことをいちいちいい聞かせたりもしながら、俺はとっとと仕事へ向かった
シロ君お疲れさん
febbraio 12, 2006
gennaio 09, 2006
agosto 29, 2005
とら君旅立つ
昨日の深夜、実家のねこのとら君が亡くなった。
享年14歳。
兄弟ねこのかめ君にみとられながら、眠るように静かに旅立ったらしい。
「フリスキー」のねこにそっくりで、あまえびばかりを好んで食べていた甘えん坊のさみしがりや。
俺が実家に電話をすると、必ずにゃおにゃおと会話に割って入ってきた。
息子には本当になついていて、よく遊んでいた。
思い出を語れば本当にきりがない。
ゆっくり眠れよ
(撮影:息子)
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