giugno 20, 2006
6.19

今日は21回目の兄の命日
いつもの年と明らかに違うのは、この抜けるような青空
そういや兄がなくなった時は嫌な雨がこれでもかこれでもかと降りつづけていた
雨の6月は苦手である
だから今日は気分はかなり良い
しかし天気に反して時間を追うごとに業務はぐだぐだとして俺を苦しめる
このへんは今日の空のようにすっきりはしないものである
そんな業務中にMr.Fからフットサルのお誘い連絡が入る
おおそうだ。月曜か
魅力的なお誘いは断る理由はないのである。頑張って早く終らせてボールを蹴りたいな
本当、いつも氏には感謝である
(いつでも俺はフットサルが出来る道具を車に入れて持ち歩いているのだ)
でも、それもこれもぐだぐだ業務に押し流された
畜生め
ひとりの事務所を閉めたのは夜8時30分
一旦家に戻り、息子の夜飯を
息子が寝たあと、八王子の実家まで車で向かった
ねこのかめ君が迎えてくれた
兄の仏壇に手をあわせ、京都で買った新しいお線香をたてた
お線香の火が燃え付きるまでの約20分、俺は一旦心のスイッチを切る
兄が亡くなった当時の俺は中学二年生
いま息子がそのときの俺と同じ年齢だ
早いもんだ
線香が最後まで燃えきった
さてぼちぼち、と思ったところで、ねこのかめ君が床をころーんころんと転がってこっちを見る
(かまってくれ)
年はとってもねこはいつまでもねこだ
背中をゴリゴリ、掻いてやる。かめ君は目を細めて爪をにゅうっと伸ばす
さあ、帰るよ
星が見えた
明日も晴れか
giugno 10, 2006
かえって危ない
東京の某多摩地区、天下の国道と都道が交差するちょっと有名な交差点
ここは数ヶ月前に信号のルールが変わった
今までのように青信号で右折ができなくなって、右折信号(矢印)が出るときだけOKなのだが、その右折可能時間がお話にならないくらい短いのだ
ピーク時間になると、一回のチャンスでギリギリ詰めて6台くらいしか通過できない
横断歩道を渡る歩行者保護、という目的なのだろうが、車からしたら明らかにストレスを感じるだろう
日に日に無茶する奴が増えている
完全に矢印が消えても突っ込んでくる奴
矢印が出てなくても勝手に右折する奴
特に矢印が消えても突っ込んでくる奴は、半分あせりもあるのでついついものすごいスピードで入ってくるので、直進するくるま(特に先頭のバイクか)がちょっとでもフライングしたら「アウト」
いつかやばい事故が起きてしまう、と思う
角には交番もあるのにねぇ…
ま、実際は自転車に乗っているオニィチャンに尋問するだけで何も役に立ってねぇので
みなさんはどうお感じで
giugno 07, 2006
おっとと
多忙
今月に入ってから、寝る時間以外は常に時間に追われる生活を強いられているような気が
どんな日常だったかというと以下の通り
土曜:息子の中学の保護者会で飯能の山奥まで行ってきた
難しい話もでたけど、これだけ生徒も先生も保護者も言いたいことを同じ地平で言える、その垣根の低さはいいなあと
なぜか終了後はグランドにて中学生と花火をした(笑)しかもボアソルチFCの練習に言ってる息子は不在の中
日曜:早起きして弁当を作り、中学の部活の試合だという息子を送り出した
3-3などと、昨日のどっかのチームみたいな結果だったらしい
4点に絡めばスパイク新調!と約束したその息子はワンアシストに終わった
まあ穴あきスパイクで当分頑張れ
俺は午前は小学生クラブの練習を、昼からはU‐6のスクールをやった
園児さんたち、皆上手にあそべるようになってきたね
ぼちぼち、ボール蹴ろうかな(笑)
その後は夜9時まで仕事
息子は夜飯作って勝手に寝た
月曜:ぐだぐだ仕事して、夜に某所の某クリニックに行ってる息子を拾いにいく
いつも中学生の息子さんの見学に来ているとあるお父さんがこの日は一緒にクリニックを受けていて、それもかなり精力的に動いていて俺はショック
すげえなあ
火曜:ぐだぐだ仕事
気が付けば夜遅くまで
別に意識してないのに2日連続冷やし中華を食ってしまう俺(笑)
吉祥寺の某スポーツ店で注文しておいた某チーム公式シャツ限定版を受けとる
なかなかクール
そして今日:気が付けばまた仕事をこの時間(21時)までやっていた
今日こそは冷やし中華をダブって食わないように注意しよう
さあまだまだ続くぞ、多忙週間!
(写真の場所が今月の多忙の一因となる、毎日おうかがいする某所です)
maggio 17, 2006
un ragazzo, in vacanza・・・
夏の計画をいま考えている
俺は、8月のケツに少年クラブの合宿(4日間)があるくらいで、世間の皆さんが1番お休みにはいる旧盆期は、年間で2番目に(※1番は歳末)労働時間と労働日数が増える日々なのだ。つまり仕事仕事仕事の夏だ
夏休み期間の家族での旅行はもうこの時点で存在しない
ヒマを見て一日だけ南伊豆の海にいくかいかないか?ビミョーだが
いま計画しているのは息子のこと
今年も部活にも学業にも縛られずに、ますます世間の中学生と対極の場所にいる息子、親としては扱いが難しい。勉強しろ運動しろっていうのは通用しないのがこれまた面倒くさいものだ
こういうガキは、夏に家の周りでふらふらしてることはイカンのだ(笑)
昨年は、地方の親戚を転々としながらの一人旅にでて鍛えたのだが、所詮は親戚である。
「遠いところひとりでようきたねー大変だったろねー」
なんて非常に甘やかされてしまったのは誤算であった。まあ、各駅停車に乗って鹿児島から家まで帰って来たという経験は本人的には試練だったとあとで訴えていたが、知らん(笑)
今年はさらに飛躍してもらうよう、親戚を頼らない(来いといわれれば断れないが)で、ある事にチャレンジしてもらおうと考えている。
春休みに引き続き、また俺も体験したことがない領域に行くことになるが、それはそれで一応の覚悟と準備をしておく
この時期は特に交通費のモンダイがあるので、今から動いて安く済ます必要がある。
こんなに周到に動く俺も珍しいといえば珍しいが、早くから動かないと特に遠方の交通手段が安く確保できないからやむなしだ。
やってて気が付いたのだが、今回の総経費は息子がずーっと同じ日数、家に居っぱなしの場合(食費以外にも、当然買い食いとかプールとか遊びいくとかの費用)よりも実は安かった。これは意外な発見だった
俺の夏はやたらいそがしく、時間が余計にほしいくらいだ
彼には有り余る時間と若さ(幼さ?)と好奇心がある
ああ、夏はだまっててもすぐ来るよなあ
maggio 11, 2006
maggio 05, 2006
一時間だけの帰郷


5月5日、今日はフルタイムで仕事
当然休みの息子は、ひとり代々木へと向かっていた
フットサル日本代表の試合が今度は代々木第一体育館で行われる
日中はあわただしく時間が過ぎていった
一息ついた。午後4時
「見ごたえのある、いい試合だった」と息子から報告があった
その後は、息子はフットサル仲間の大人たちに混ざって、原宿から表参道を練り歩いていたそう
しかもメシをおごっていただいたそうで(本当、感謝です)
その後、実家のおふくろから電話があった
「家の改装が済んだから見に来て」とぶっきらぼうに
はいはい
今日はよく考えたらこどもの日である
先に息子に八王子の実家に向かうように連絡し、俺は残業を8時までこなす
実家にたどりつくと、なんか感じが変わった
実家は正月以来である
息子とおふくろとメシを食い、ねこのカメ君と触れ合い
明日はまた早朝から業務だ
俺ひとり実家をあとにする
たった一時間の帰郷
帰り道、この街の名物である、川辺をはさんで数百の鯉のぼりが泳いでいた
提灯に照らされながら
aprile 27, 2006
♪Fishing AEON
「第三のビール、値上げ据え置き」
このニュースが全国を席巻した昨日、おもわず苦笑した業界関係者は少なからず多いわけだ
ある特定の大手スーパーのイ○ングループの、別にそんな大事でもない発表がニュースとしてTVラヂオしんぶんそしてインターネットとのべつなく「宣伝」されたわけである
報道はいろんな方のご協力で成り立ってます
これを見て「さすがイ○ン!庶民の味方!」なんて思う方ははたしてどのくらいいるのだろうか?
「ばっかだなーイ○ン!そんな自腹切ったってオイシイところもって行かれてそれでオワリじゃねーの?」
などと思う方も、実は釣られているかもしれない
昨日コレをみた某卸業の薄給薄幸薄髪営業マンが、劣化のごとく、否、烈火のごとく俺に当り散らしてきやがった。
「おい!@@@@!(←俺の名前)ニュース見たか?」
「おお、俺は井上和香より安田美紗子に同情するよ」
「訳わかんねーよバカ!!!イ○ンだよイ○ン!」
「つぶれたのか?」
「相変わらずだなおい!お前の家TVないからってそこまで世間知らずなのかよ」
「TVないから何だってんだよ!DVDは見れるんだよ!」
「まあいいか・・・またやられたよあそこに」
彼の話は、これはまた報道メディアを利用したイ○ンの宣伝行為だと言うこと。まあそれだけでは別に何の興味もないが、この「据え置き」にも一種のカラクリがあって、おそらくだがこれに関しては卸業者に対して何らかのリベートを要求してるのではないかということ。「○○協力金」やら「○○協賛金」という名目で、卸価格を税金の値上げ分きっちりとガメとってハラを痛めないように細工したのだろうと。
それを庶民の味方ぶるなんてウソつきもいいとこだよ、と彼独特の早口でまくし立てた。
「あまり勝手なこと言っちゃあいけないよ」
俺はそこはたしなめては見たが、彼はイ○ングループの身勝手な取引に悩んだ仲間が自殺に追い込まれるという壮絶な過去があるので、人一倍報道に過敏になってるので理解は出来る。
まあ、ありえないない話ではない
まあリベートの発生自体も、取引上の立場の優位性を逆手にとって巧妙に業者に負担を要求する大手スーパーの常套手段だ。まあそれは天下のナショナルブランド様のキリンみたいな大企業様なら、まあ痛くも痒くもないわけだが、これが純粋な粗利益が8%以下とも言われる、生鮮品の納品業者にしてみれば、ほうれんそう一束10円値切られるだけでその日の純利益がまったくパーになる世界である。
まったくせちがらいもんである。値切られた上にプロバガンダの為の費用負担までしなければならないのだから
こんなのに限らず、大手スーパーはタチの悪い鬼っ子が多い
まあ5年位前にIトーY-カドーが「年末年始は全品10%値下げ!」という茶番をやってのけたのも皆さんご存知かと思います(実は値下げ札をつける数週前にほとんどの品物を10%「値上げ」していた)
こんなのはどこもやってる日常茶飯事で、自分でお客を釣って自分でお客に突っ込まれているわけで
どこもこんな繰り返しだから、お客も疑心暗鬼になっちゃって肝心な業績なんか良くなるわけないじゃん
Dイエーなんかほとんど死亡しちゃって、おかげであぶれたクソ社員がリストラされて、ハローワーク経由でウチの会社に入り込んでのさばって会社の財産を食いつぶしてる始末だし(笑)
まあそれは単なる俺のぼやきだが
そんな右肩下がりの大手スーパーが、「見さかいなく」という言葉がそのまま当てはまる、あほなコスト削減策を連発するもんだから、立場の弱いこっちは色々と恐喝まがいの要求をされているのだ。
俺がこの1~2年で何の前触れもなく次々と要求されたものは以下の通り
1:歳暮ギフトのカタログ制作費協賛金
2:「配送料無料」にするための配送運賃協賛金
3:「内税表示」に関しての消費税率5%分の値下げ要求
1・2については俺も強気で突っぱねたが「社内の足並みをそろえないとやばい」などというヘタレな理由で受け入れることになった。でも俺は原価にそのままその負担分を乗せて請求している。いまさらそんなもん払ったら利益ゼロどころか赤字だからだ。
3についてはわかりにくい部分が多いと思うが、いままで店頭で「トマトLサイズ1ヶ100円!」とうたってて実はレジで「105円です」と徴収していたことができなくなってしまった為に、まさか店頭で「105円!」というわけにもいかず(←これはよーく考えたらおかしい理屈なのだが)、俺ら納品業に対して「5%分は安く納品するように」と圧力をかけてきた。
これが肉屋かなんかなら、「ベーコン1パック100円!」に合わせて、パック詰めする内容量を5%分減らせばいいことであるのだが、トマトL1ヶはトマトL1ヶだしまさか切り落とすわけにもいかない。これは「さんま一尾100円!」の世界にも同じことが言える。
たぶんこの「内税表示」がスタートしてから、重量単位やサイズのはっきりしないお惣菜やらお菓子の一単位の分量は5%減ったはずである。
さんまやトマトについては、いまだこの問題をひきずったままだ。5%分はそのまま風上の市場そして生産者にかぶってきている。いわゆる毎年慢性的に怒っている農産物や水産物の価格低迷の原因は、実はこの問題から来ているのだ。そんなことで作り手がどんどん減ってきているから、いわゆる品目ごとの端境期(はざかいき)には一気に野菜がなくなってしまい、ましてや台風や大雪なんかは昔に比べて格段にメガトン級になったからなおさら物量不足、相場の暴騰につながるわけである。「キャベツ1ヶ500円!」なんていう事態が平気で起こるのもひとつに作り手の慢性不足からなのだ。
産直だ独自ルートだと「中間コスト」の削減に夢中になっている大手スーパーも、予測不能のおてんと様商売の青果に関しては、ノウハウのある卸売業者の力がないと日々の業務は何も出来ないのは周知の事実。
で、今スーパーの「世話」をしている青果卸業の約70%が3年連続の赤字だ。俺の知り合いも債務超過で行方不明者が続出中だ。俺だって薄給でぎりぎり生活を強いられている。
大手スーパーは「庶民の味方」を気取りながら、あらゆるものをぶっ壊しながら走り続けている
売上利益の前年比割れが続く限り
(いつのまに俺まで頭きて書き散らしちまったよ、さすがに)
aprile 11, 2006
桜は咲いたが

本当に春なのだろうか
春、というか季節の明らかな変わり目であるにもかかわらず、俺はいつも敏感に感じる「匂い」がないことに気が付いた
(体調は悪くないのだが)
まるで冷蔵保存したように、街路樹の桜も散らずに何食わぬ顔して咲いたままだ
春の匂いがないと、スイッチがなかなか入らない今シーズンの俺である
aprile 09, 2006
息子帰る

4月8日(土)
三ノ宮から朝6時に出たという息子が帰ってきた
夜は福生でアズーロのイベントをやるから、そこに直接くるように、とは伝えてあったが、果たしてたどりつけるか 心配はご無用であった
イベントが始まる30分前に彼はのしのしと帰ってきた
イベントでは、旅の疲れで重い体をひきずりながら、最後の練習試合では終始面白がりながら得意のループシュートを2発も決めて喜んでいた
帰宅すると、自分の使った旅の資料や覚え書きをニヤニやしながら眺めていて、気が付くといぬのようにスースーねてしまっていた
aprile 04, 2006
その先の日本へ
息子がまた旅に
今回の旅もまた俺の知らない場所
電車も通ってない、地の果てみたいな場所らしい
俺だって人の親、心配だってするし余計な世話も焼きたくなる しかし今回はあえて突き放したのだ 彼に足りないものは彼にしかわからないから
親としては、無事を祈る ただそれだけ
marzo 22, 2006
marzo 21, 2006
そんなお彼岸
今日はお彼岸
いつものように八王子に墓参りと行きたいところだったが、今日は小学生のコーチと仕事の時間がつまりに詰まっていて断念
WBCで王さんの日本が優勝したんだと、野球小僧の兄の墓前に報告とは行かなかった
いつもとは違う中学校のグランドで、いつもとは違ったメニューでいつものメンバーとボールを蹴る
気がつけば3時半。お誘いを受けていた味の素でのJFLの試合もしかたなく断念
仕事をしながら、都内でのさくらの開花のニュースを知る
早いなあ
ただ、基本線ここまで平年より遅いペースだっただけに、実際の開花は地域差がかなりあるとみた
俺のような市場人は、このバラ科の樹木の開花のタイミングが重要なので常に注意している
うめ、さくら(おうとう)、すもも、もも、あんず、りんご、などなど・・・・。
俺の庭にあるうめの開花はひたすら遅く、白鳳ももがやっとつぼみらしくなった
春はゆっくり、でもそのイキオイはだんだんと
墓参りはいつにしようか、そうだ冬眠と称して寝かしておいたヴェスパ125ccのバッテリーをつないでからにしよう
marzo 04, 2006
febbraio 20, 2006
19720220
34年前の今日、俺は生まれた
父は、この日俺のためにと暖房のない我が家に「こたつ」を秋葉原まで行って買って来てくれた
中央線に乗せて終点の高尾まで、そして高尾駅から歩いて30分をかついで運んだらしい
その3年後の4月、父は亡くなった
誕生日はまず肉親へ感謝の日である
ありがとう
febbraio 14, 2006
la postina
あまり身にならなかった外回りからの帰り道、都道の路肩にへたりこむように車を停めて、あくびをしながらだべっていた
ふと、だばだばと赤いメイトが脇を通り過ぎた
栗毛色の髪をなびかせた女は郵便配達員だった
ダベってる場合じゃないな、と俺は急に姿勢を正してハンドルを握り直した
gennaio 19, 2006
gennaio 06, 2006
gennaio 02, 2006
1月2日・大垂水越え
せっかく実家に来たのだからと、寝坊の息子はおいといてちょっとなつかしい場所へ
高尾から20号を奥へ奥へ流す
元旦ではないので、道路は空いていた。高尾山口付近は相変わらず駐車場所が混雑してたが。
さらに奥へ
登り坂の「ごん助」のストレートを過ぎるあたりから、ハンドルをくるくると切らなければいけない手が忙しくなる
県境を越えれば緩いダウンヒルの連続。ハンドル持つ手はさらにいそがしく
なんとなく、10数年前にココを流した感覚を思い出しながら、アクセルを引っ張ったり緩めたり。もちろんATなので飛ばしすぎると危険
かつてのギャラリーコーナー「なかがみ屋」は、ごらんの有り様

冬枯れした山の風景と同じく、はかなきものである

あとは惰性(だせい)で、相模湖まで

さて、これから現場にいかなければ
dicembre 31, 2005
大晦日・帰郷
まあなんとか、あまり遅くはならずに無事に「今年」の業務は終了する
明日はまたこの現場に来るわけだが
息子は中央線に乗って西八王子、そこからはバスに揺られて俺の実家へとすでに出掛けている
俺は一旦家にもどり、すぐに家の掃除をはじめる
〆縄(しめなわ)を玄関に飾り、準備完了
そのまま車を走らせ、おふくろと息子と、そしてねこのかめ君の待つ実家へと向かっていった
みなさんよいお年を

dicembre 22, 2005
朝寝坊ができる年内最後の日
明日は年内最後の市場休み
(但し翌日の仕込みのために夕方から出勤だが)
このまま俺は1月2日まで休みナシなのだ
歳末の勝負週間
だからという訳ではないが、明日は心行くまで寝坊させていただく
朝は頼むよ息子
dicembre 19, 2005
19921218・息子の生まれた日、そして今日
12月18日(日)
13年前のあの日、八王子はひどく寒く、時折雪が降っていた
息子が生まれた日のことは、いまだに鮮明に覚えている
あの日は金曜日。夕方から病院に入り、夜には生まれた。すごく不思議な気分だった。見るもの感じるものが、すべて幸せに包まれたような錯覚(さっかく)を覚えた夜であった。
そして今日、彼は13回目の誕生日を迎えた。ついにティーンになってしまったわけだ。
彼は誕生日を親子三人で二回、俺が離れて母親と二回、そして母親がいなくなり、俺と迎える誕生日を今年で九回迎えたことになる。もうふたりでの誕生日も、長い
街はクリスマスムード一色なので、ケーキもプレゼントも放っておけばクリスマス用になってしまう。毎年のこと。
そしらぬ顔で俺は、なんてことはない小さなモンブランケーキをふたつ買いこんで、13本のローソクを立てた



ごちそうを平らげると、彼はプレゼントのポータブルMDプレーヤーの箱をゴソゴソとあけ始めた
dicembre 14, 2005
休みでない休み
今日は市場休み
でも明日の「仕込み」のために、昼過ぎから休日出勤だ
家を出る前の、ほんの短い間に、洗濯したり
もう寒さには勝てん、と愛車の華子(はなこ)125ccの冬ごもりをしたり
(バッテリーははずしておく)
なんだかんだで忙しい休日でない休日だ


dicembre 01, 2005
novembre 29, 2005
すすきの原
尾根幹(おねかん)道路と呼ばれる、多摩ニュータウンの裏通り。
永山から稲城方面に向かっていくと、やや不自然なアップダウンから、突然にぐわっと眼前に広がる景色だ。
このすすきの原を抜けるとすぐに多摩陸上がある。
このすすきの時期といえば、02年の佐川ダービーを思い出す。あの時は寒かった
やな事思い出した。
だから秋はめんどくさい

novembre 19, 2005
novembre 09, 2005
からす瓜
朝がだいぶ冷え込んできた
北海道では街に雪のしらせが
我が家の周りでは、やや息も白くなりかけるちょうどぎりぎりのところ
そんなときに、妙に存在感を放つのがこのオレンヂ色
ぼちぼちこたつをだそうか
ottobre 26, 2005
みのりの秋ですよ
息子の中学の田んぼも収穫時期になった。
今日は稲刈りだという。
春先には俺も飛び入りして泥をぐちゃぐちゃとかき回した、あの田んぼである。
俺は今日は午前中にアズーロでやることがあったので、参加はできなかった。
ふと、昼過ぎに息子からメールが
「ケガした。カマで切った」
ありゃりゃ
状況はなんとなくわかった。
農作業をある程度した方から笑われてしまうかもしれないが、よくある事故といえばよくある事故だ。
実は俺は農業学校だったので、自分でも経験あるし凄いのを目の前で目撃した経験はある。
彼は左利きだ。稲刈りのあのビミョーなタッチとチカラ加減、右利きにたとえれば、逆の手で切るのである。コワイコワイ。
そら、事故起こるわな。
などと、今は余裕でいるのだが、実は今日の午後は不安で不安でたまらなかった。もしや指の一本でも落っこってやしないか?
息子からメールが来るくらいだから、まあ大事にはいたってないことは確実なのだが、まあ俺も親だから。
夜になってやっと息子と連絡がとれた。
幸い指はくっついてはいたが、かわいそうに息子は2ハリを縫うケガ。多少神経に影響があるかもしれないと。
まあ、毎日カマをもつ生活してないから仕方ねえなあ。
今年はこんな目にあってるから、まあ次はないだろう。
などと、おかしな安心をしなければならないのかよ(笑)
まあこうして収穫したコメを、どういう気分で食べるのかな。
まったく退屈しない学校、そして息子である
ottobre 08, 2005
ゆるい学園祭
今日は仕事を半分で終わり、埼玉の山奥まで西武電車をふたつ乗り継いで息子の学校に向かった。
まあここにはもう7回くらいは来てるだろうか。本当に良く来てるよなあと自分でも思う。
今日は学園祭の初日。
ここは中学高校いっしょくたに開催している。
またもや、というかその運営管理はほとんど生徒に任せ。なんだかよくわからないことを、なんだかよくわからない時間に好きに勝手にやったりやらなかったり、こういうのが嫌いな方にはなんとも耐えられないであろう(笑)、という非常〜にゆるい雰囲気。
まあよ〜く見渡せば、クラスや有志も含めなかなか凝った事をやっており、うなる。楽しんでいるよね。
息子のいる中学一年の教室では、一組が映画館だったり、お手製の石釜(これは驚いた)でピッツアを焼いていたりと、なかなか本格的にやっている。ここまでやるか?と
息子のクラスは蕎麦および甘味処。蕎麦はなんと手打ち。
今日は息子「仕事だから」といっていたが、なんと蕎麦打ち職人になっていたのだ。ふーん
山奥なんで、あまり大人数でひしめきあうこともなく、まあひっそりといえばひっそりとした学園祭ではあるのだが。
でも、俺が息子と同じ年のとき、どうだったかなって考えると、なんも無かったんだよね。ねぇアズーロ社長(小中一緒)
息子は、恵まれている
そんなこんなで、まあいつのまにかこのゆるい学園祭の一日は過ぎていったのだ。
さあ明日は戦争だ
息子よ明日も蕎麦打ち頑張れ
ottobre 01, 2005
settembre 23, 2005
彼岸中日
今日は市民大会の開会式だ。
俺は仕事の疲れをかなり引きずりながら、息子の朝飯を作り置きしてとっとと華子125ccで市営グランドへ。
毎年恒例なのだが、この日は東京普及部のスクールがあった。息子が3年生の時に世話になったTベコーチにご挨拶。まあ毎年恒例で市のリーグに参加してないウチは対象外。

解散後、近くのロイホで臨時スタッフ会議。
最近は欠席が多い俺は肩身が狭く狭く・・・ではなく、担当が1・2年なのであまり突っ込んだ内容に触れる機会もなく、ひたすらパンケーキをパクついていた。
年々増えていく部員のコントロールはかなり難しい。お月謝ナシ・各ご家庭からのお普請ナシで運営するウチの目下の問題は人材不足。そういや俺もココにお世話になって早6年が過ぎた。
いちいち地域や父母などのご希望に耳を傾ける事もなく、本当にボールを蹴るのが好きなスタッフが本当にボールを蹴るのが好きなこどもと楽しむのがこのクラブなので、他のチームのコーチからはけっこううらやましがられる。
だが、そういう路線に走ると連盟や他チームの父母からは嫌われる。
まあいいか
ジュニアユースOBの若者(いま18歳~19歳)がとっとと家庭を持って、落ち着くときまで頑張ろうということで。うーむ若者頑張れ。
予定より早く終わったので、これしめたとばかりにすぐに帰宅して、息子に「墓参りいく」と支度をさせた。
予定外の仕事が夕方から入ってしまったので、秋の彼岸には墓参りいけないなぁと思っていたのだが、わずかでも時間があれば当然、行く。
思いのほかエンジン好調な華子125ccのフットワ-クに感謝しつつ、テケテケと八王子の奥へ奥へと向かっていった。
高尾駅から霊園に向かう街道は、この時期特有の墓参り渋滞だ。
まさに「歩いた方が早い」状態。ほんとに駅から歩く人の群れ、群れ。
墓苑に着いて、息子に花を買わせた。オケと一緒に、束の中に赤いケイトウが入っているのを持ってきた。彼岸ぽくてなかなか風情が

と、思ったら我が家の墓になんと同じようなケイトウが生えてきていた。ふーむ。
手入れをして、線香を焚いて、父と兄に手を合わせた。
住む世界は違うだろうが、先月天に旅立ったねこのとら君をよろしくねと。
帰り道、実家にちょっと立ち寄って、留守番中のねこのかめ君と少したわむれた。
生まれたときからずっと一緒のとら君の、いい兄貴分だったかめ君は、独りになっちゃって寂しそうだった。
後ろ髪をひかれる中、また華子125ccにまたがって、俺は仕事に。息子はジュニアユースの練習にと向かっていった。
そんな彼岸中日、いつもより早く日が暮れるような気がした。
settembre 19, 2005
鳥取です
せっかく鳥取にきたので、日本一の砂丘へ。
で
でっ
でっかい!
去年行った中田島砂丘(浜松)なんて、とても目じゃない。
砂丘の「馬の背」といわれる巨大な丘(48m!)を、ヒイコラ登りきると日本海が眼下に広がった。関東の俺からしたらあまり馴染みのなかった日本海、良かったよ
settembre 18, 2005
鳥取へ
浜松町から鳥取行きの夜間高速バスに乗る
今年何回目の高速バスだろう
高速バスには、ヒコーキや新幹線にはまずない生々しさというか生活臭さがあって何ともいえない気持ちになる。
明日は天皇杯初戦
天皇杯二回戦
鳥取SC-佐川急便東京SC
鳥取市営バードスタジアム
PM13時キックオフ
settembre 11, 2005
まつりのにちようび
選挙だ。
ということで、小学校グランドは閉鎖(なんでだよ)
小学生も中学生も練習はないわけで、午後からの仕事以外することがなし。
昼まで寝てようかと思ったが、今日は息子が4級審判の新規講習会に出かけるので、朝7時には起きてベント-を作ったりと忙しかった。
ついにこの家からふたりめのJFA登録審判が登場となるわけで。
息子が出かけた後、なんかふにゃふにゃと気が入らない。フットボールのない休日っていうのはいつもスイッチが入らない。
午前中はかったるく、実家からくすねてきた昔の漫画とかを読み漁っていた。
長谷川町子の「エプロンおばさん」の6巻を見終わったところで昼になった。
境内からはお囃子(はやし)のメロディが、ひっきりなしに流れていた。
しばらくすると、近所のじいさんばあさんのカラオケ大会が始まっていた。
選挙と祭りが重なっていて、ふだんひっそりとした近所の界隈も、老若男女に犬猫(?)でいっぱい。我が家のそばに石段がありその上が盆踊りの会場なので、我が家の前には無数のチャリがならんでいる。ガキどもが奇声をあげながら近所中を走り回っていた。
祭りだなぁ
洗濯物をとりこんで、いそいそと出かける準備をしていると、びゅーっと大風が吹いてあたりが暗くなった。
案の定、さあーっと雨が吹き込んできた。
にぎやかな街をあとに、俺は仕事場へと向かった。
settembre 10, 2005
ドメスティックドヨービ
今日は地区の神社の例大祭。
昨年まで奉納相撲にでていた息子も、今や中学生なので、この祭りのこの一日も、親子でドキドキ盛り上がる日ではなくなってさみしい。
ただ、息子はさめてしまったかというと、昨日の晩から「祭りの軍資金ください」とニヤリ。すっかり楽しむ気でいやがる。
夏休みに大きく成長したかと思ったが、やはりクソガキはクソガキである。
まあ俺はいつもの土曜と同じように仕事。彼はテキトーに夕方まであっちふらふら、こっちふらふらとしてたのだろう。
まあ、ひとりだけ埼玉の山奥の中学を選んでしまったから、祭りとなれば久々に会う地元の友達と楽しく遊ぶ貴重な機会なのだろうなあ。
などと考えているうちに夜になった。
仕事が終わり、そそくさと近所で買い物をしてると、どかどかと懐かしい顔がやって来ては次々にカップめんを買っていく。
「お、オトー」
息子が俺を呼ぶそのまんまで話しかけられる。オメーの親父じゃねぇっての!相変わらずなガキどもである。
息子のおかげか、この学年のたいていのガキの顔はしっているしガキどもも俺を素通りはしない仲である。
しかしまあ、みんな明らかに体は大きいし、ツラも生意気になってたり、チョビひげをはやしたりして、すっかり変わってしまっていた。
祭りとあってか、全員がハイになっていた。俺はさんまを買いながら、近況などを聞いてみるが、皆が口々に息子はどうしてるの?と逆に質問責めに。
息子は彼らに会ってなかったのか。
あいにくこの時間、息子はクラブのナイター練習で居ない。
我が家のすぐ上にある、普段はうっそうとした林の広場では盆踊りをやっている。
「おお、明日の夜ならあいつた○き公園の屋台にいくだろうから、会えるよ。というか帰ったら明日行くように伝えとくよ」
と、イガグリ坊主に言って俺は店を出た。
どんなに残暑が引きずろうと、俺を含むここの住民は、この例大祭がひとつのけじめとなって、ややセンチメンタルな秋の始まりとなるのだ。
やたら脂(あぶら)がのって、あやうく火災寸前のさんまをあぶりながら、俺は息子の帰りを待っていた。
お勝手の向こうから「炭鉱節」に合わせたつたない太鼓がどんどこどん、と続いていた。
settembre 07, 2005
settembre 04, 2005
ウイークエンダー
9月3日(土)
仕事。やたらめったら道が混んでいていったん外に出るとなかなか帰れない。
いかん。
今日は朝から息子が寒川に関東リーグを見にいっていて、俺も「今日は仕事半日で終わるから迎えに行くよ、帰りにうみっぺりで魚でも食って、平塚の天然温泉でも入ってかえろうよ」
なーんて、軽く約束してしまった。しかも息子には、片道分の交通費しか渡してないカミカゼ特攻隊状態。
いかんいかん、いそげいそげ。
予定よりも3時間も仕事が終わるのが遅くなった俺は、進路を八王子方面から逆、調布から橋を渡って川崎街道へ。東名高速で一気に厚木までワープすることに。
よれよれで、寒川町へたどりつく。
最終試合のファイルフォックス-カスカヴェウ戦のキックオフには間に合うはずが、駐車場が満杯で四苦八苦。まあどうにかして、前半の終わりごろに息子と合流。
非常にかったるそうな息子。まあこの日は6時間近くこの体育館にいたのである。
関東リーグも前期の終盤に入っていて、上位リーグ(6チーム)と下位リーグ(6チーム)に分かれてそれぞれプレーオフ/プレーアウトを戦う分かれ道の真っ只中。すでに下位確定のチームが4チームで、のこり2つの「欲しくない」椅子をめぐってのイス取りゲームは混戦模様。のこり3節でもまだ上位確定チームが一個も決まらない。
この日も、上位陣同士の引き分けが続き、勝ち点差がどんどん縮まっていく羽目に。
次の笠松でも、もしかしたら2チームくらいしか決まらないかもしれない。
俺の行く最終節、千葉JFE体育館はひょっとしてすごいものが見れそうだ。
ファイル-カスカヴェウは2-2のドロー。
いつもお世話になっている方と小話をして、寒川をあとにした。
このまま134号までくだり、一番近いくいもの屋を探したら「快飛(かっとび)」という北村水産がやっている地魚料理の店があった。問答無用。
最近こういう店になったのか、それともあたらしくココにオープンしたかはわからないが、ともかく雰囲気の良い、オネェチャンとの密会にでも使えそうな店だった。
とりあえず腹が減ってたのでふたりでいろいろ頼む。名物の生しらす、しらすサラダ、さんまの刺身、戻りカツオ、白飯、あら汁。
生しらすは一瞬で腹の中に。息子は底なし胃袋であるが、ここのそこそこあるボリウムと、いつも俺が買ってくる魚と比べてたっぷり脂がノっていたさんまやカツオのおかげで、頼んだ分でもう腹がいっぱいだという。俺の財布は助かった。
食い終わってから、海風にあたりながら134号から129号へ。
この日は試合のない平塚競技場の脇にある天然温泉「湯乃蔵ガーデン」でフロ。
俺の苦手なサウナに2回も往復する息子をほっといて、俺はひたすら腰のリハビリにいそしむ。
露天風呂の岩風呂と檜風呂が天然温泉なのだが、入ったとたん「うひゃ」
そう、ここは海の近くだからか、やたら塩分が多い温泉なのだ。仕事中にできた傷口から塩がしみるしみる。息子も「うひゃ」と叫ぶ。
ひとしきりフロを楽しんだのち、いい気分のまま帰宅してすぐ倒れるように寝る。
9月4日(日)
息子はクラブの朝練なので6時には起きてメシの準備。
息子がグランドに出た後に俺はそのまま寝る。
9時過ぎに息子が帰ってきた。俺は洗濯とか他の家事をするために起きて息子は横になって寝てしまう。入れ替わりだ。
昼前に息子が「うーわ!こんなに寝ちまった!」とまるで熱湯から逃げ出すたけし軍団のようなイキオイで飛び起きる。
俺はメシを食うとすぐグランドへ。俺の担当の1・2年の時間だ。
8月は合宿があったり、先週は俺が西が丘に行ってて休んだりしたので、ずいぶんひさしぶりだった。みんな色黒になっていた。
腰もだんだん












