冬のはじまり・フットボール日和
11月27日(土)
今日は仕事は休み。
前々から予定のあった審判昇級試験のために休暇をとっていたのだ。
しかし、俺のミスではあるが「手続き上の問題」が発覚したためにすでにこの予定はキャンセルしていたのだった。来年また再申請だ。
そんな土曜日ではあったが、ちょうど同日にはウチのクラブの5、6年生のリーグ戦の第3、4節が入ったため、俺は監督の指示で自動的にそちらに回ることとなった。
仮にその試合が雨でリンビアータ(延期)になったとしても、佐川東京のフオーリカーサ最終戦が群馬である。
審判試験がなくても、こどもの試合が雨で流れてしまっても、いきつくところはすべてフットボールなのである。あああ。業である。
さて当日。
みごとに晴れた。
俺はまずミソシルをつくりながら試合のプランを考えることから一日をスタートさせた。
このリーグ戦では前半折り返し地点を迎えていまだ勝ち点は「1」。なんとしてでも後半戦は勝たせてあげたいものだ。
先週の第1、2節はキャプテンのクマちゃんとイブラヒモビッチ・ナー君の両柱が某クラブのセレクションに向かったために欠場、空いたポジションには急遽4年生を補充して挑んだのだが、勝負は甘くはない。大崩れはしなかったものの、真ん中を完全にねじ伏せられ0-2と1-2で敗戦。
出場こそしていたが、どこかココロのなかにセレクションのことを気にしていた息子のプレーは完全に沈黙。
どんなに局面局面でいいところを見せても、敗戦は敗戦。
チームの雰囲気は下降気味だ。
そんなわけで、絶対に落とせない今日の試合ではあったが、なんとクマちゃんとナー君の復帰と入れ替えに、頼れるセンターバックのツブユーと前節で目の覚めるようなゴラッソを決めたタクヤが「塾」のため欠場となった。またしても俺の教え子の4年生を召集するはめとなる。
大丈夫だろうか。
ところが迎えた第一試合。先週のセレクションに感化されたかナー君・クマちゃん・息子の三羽烏(さんばがらす)が奮起する。
ボールをもたれる時間帯が多かったのだが、それぞれが4年生のフォローに抜け目なく回りピンチを防ぐ。
すでにGKとして一度修羅場をくぐった?ナー君が威圧的な存在感でゴールマウスに君臨する。
前半終了間際、自陣深くで右SHの息子が激しい潰しでボールをかっさらうと、あっというまにドリブルで3人をかわして中のクマちゃんに送る。そのままクマちゃんとふたりで、一回二回三回と普段遊びでしかやらないような高速ウノ・ドゥエを敢行。
息子はコーナーぎりぎりから最後はループでDF3人の頭上を越すラストパス。クマちゃんはPAカド付近から速い振り足でシュート放ち、GKがこぼしたところを細腕のリュウ君が押し込んだ。
沸き返るベンチ。
結局その後も「チームの勝ちを意識して」という6年生自らのプランどおりに、大事に大事にゲームを進ませた。
危なげなく1ー0で勝利。このリーグに参加して以来、初勝利。
さて、次の試合でもなんとかいけるのでは?と思ったのだが、疲れの見えた4年生の穴を完全にフォローしきれずに0-1敗戦。惜しかった。
なかなかうまくはいかないものである。ただ召集された4年生には、このリーグ戦をいちはやく経験したということが俺にとっては楽しみな材料だ。
これでやっと勝ち点3。それでもチームに明るさが戻った。
担当審判もふたつほどこなし、時計をみると午後1時。
始まったか。
佐川東京とザスパ草津の試合である。フオーリ・カーサ敷島。
佐川東京は前節の夢の島ではアローズに負けた。
今日はどうだろうか。
鳴門でもそうだったが、Jだなんだと騒いでいる地域のフオーリカーサでの敗戦などはみじめったらしいことこのうえない。
このまま、30分くらいで前橋までいけたらなぁ、とたわいのないことを考える。(実際3時間はかたいのだが)
さて、じれていてもしかたがない。
せっかく世間並みにいただいた「土曜休み」である。たまには親子でフツーにお出かけでもするか。と早くも次のことを考えていた。
急に、鎌倉の秋の景色が見たくなった。
数時間後、俺と息子は鶴ケ丘八幡宮の石段を登っていた。
紅葉を期待していたのだが、あまりぱっとしなかった。
樹齢推定800年の「神木」大銀杏(おおいちょう)は、まだ緑もまばらであった。
あてがはずれたか。

夕暮れがいい感じに進行。まぁ、悪くはない。



八幡宮の石段の上からみる、由比ヶ浜までつづく鎌倉の夜景。実は初めてだ。いい色彩だ。
境内の、人の通り道のまんまんなかに、太ったねこがでーんとねそべっていた。
あまりにもどかないので、みんな珍しがって写真なんかをとっていた。
しばらくすると、ねこはめんどくさそうにおきあがってチンタラと茂みに消えていった。ねこの行き先を通行人がよける。フツーと逆だ。
段葛(だんかづら)を歩く。わきの通りには何台か人力車が走っていた。奈良公園でも見かけた風景だ。
人力車にはアベック(笑)も数組乗っていたのだが、いい年ごろの娘と母という組み合わせが一番多かった。
いい年ごろの娘って32歳の俺がいうのもいやらしいが(笑)
そういや、俺は今シーズンは佐川東京のフオーリカーサでほうぼうに遠征したのだが、やはり「旅するハハコの姿」ってのは、全国津々浦々どこにでもあったなぁ。新世界以外は(笑)
親子旅。
そんな俺は、あちこちに息子をつれ歩いているので、人によって「男親にしてはベタベタし過ぎじゃないか」などと皮肉まじりに言われることもある。
まぁ、なんとでも言える。そのかわり、俺はフツーのご家庭のフツーのオトーサンよりもはるかに長い時間は働いていて家にいないし土曜も日曜も働きにいく。これは帳尻あわせって奴だ。
それに、息子も中学に行くようになれば自分の時間だけで精一杯だろうし、どこにいくにしても、自分で考えて自分で勝手に行動するのだろう(むしろそうでなくてはいけない)
だからではないが、いまは息子とあちこちにいくのが楽しい。こども料金だしな(笑)
小町通りの路地裏のトモエという寿司屋に入る。8ヵ月ぶりだ。
ここはカウンターで席は6つのみ。それなりの値段であるが、おやじの淡々とした語り口、ひとつひとつ丁寧ににぎる姿、そして食べたら二度と忘れることのない味が好きで、年に2回ほどお世話になる。俺にとっては寿司屋という日本文化の勉強になる貴重な店だ。
お客との会話で成り立つ不思議な店なので、となりの客(ひじが当たるほど本当に狭い)との会話もごく自然にある。こちらはヨソ者ということも変に隠さなくていいのだから気が楽だ。
おやじは俺を覚えていた。というか息子とのセットなのでなおさらだ。
「紅葉を見にきたら日が暮れちゃった?あきれたなぁ。でも、あいにく鎌倉は紅葉なんてたいしたことねぇんだよ」
そうかぁ。お茶をすすりながら、よくわからないのだがすこし安心する。息子は、もぐもぐと目の前の軍艦(ぐんかん)を端から食べ進んでいた。本格的な寒(かん)に入る前の中途半端な時期柄なのか板に書かれたネタの種類もあきれるほど少ない。だからきょうは「任せ」だ。数は少ないながらも、しっかりとしたにぎり寿司が漆塗りのカウンターにじかに並んでいく。ショーユをぬってくれるので、いちいちショーユ皿にべちゃべちゃつけてシャリがこぼれることはない。そのまま手にとっていただく。
ここの名物「あなご」が焼き上がり、皿にのせられてやってきた。
前回、あなごを焼きに入れたおやじが他の客との会話に夢中になっていて「ありゃりゃ忘れちまった」と言って焦げたあなごをつまみあげて苦笑いした光景を思い出した。
そんなこんなしているうちに、「開いてますか?」戸が頻繁に開いたり閉まったり。あとがつかえてるみたいだ。そろそろ、いくか。
「最後、いっこお願い」
息子が「地だこ」を頼んだ。
俺はお茶をのんで、おしまい。
帰り道、ひたすら混みあう134号を西に流した。遠くに漁船がみえたりかくれたり。
ふと、現在は故人のおばさんの家に居候していた高校生の頃をふと思い出した。
ママチャリでボードをかついで、ひとりでよろこんであちこちの浜で日が暮れるまで波のりしてたっけ。
134号は、その当時と比べて道はうんと広くきれいに整備されており、はるかにたくさんの店やホテルがひしめきあっていた。本当、変わり果てたものだ。
その眩しさに違和感を感じながら、息子とくだらない話を延々と繰り返しながら家路をたどった。
















