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novembre 29, 2004

冬のはじまり・フットボール日和

11月27日(土)

今日は仕事は休み。
前々から予定のあった審判昇級試験のために休暇をとっていたのだ。
しかし、俺のミスではあるが「手続き上の問題」が発覚したためにすでにこの予定はキャンセルしていたのだった。来年また再申請だ。

そんな土曜日ではあったが、ちょうど同日にはウチのクラブの5、6年生のリーグ戦の第3、4節が入ったため、俺は監督の指示で自動的にそちらに回ることとなった。

仮にその試合が雨でリンビアータ(延期)になったとしても、佐川東京のフオーリカーサ最終戦が群馬である。

審判試験がなくても、こどもの試合が雨で流れてしまっても、いきつくところはすべてフットボールなのである。あああ。業である。

さて当日。

みごとに晴れた。

俺はまずミソシルをつくりながら試合のプランを考えることから一日をスタートさせた。
このリーグ戦では前半折り返し地点を迎えていまだ勝ち点は「1」。なんとしてでも後半戦は勝たせてあげたいものだ。

先週の第1、2節はキャプテンのクマちゃんとイブラヒモビッチ・ナー君の両柱が某クラブのセレクションに向かったために欠場、空いたポジションには急遽4年生を補充して挑んだのだが、勝負は甘くはない。大崩れはしなかったものの、真ん中を完全にねじ伏せられ0-2と1-2で敗戦。
出場こそしていたが、どこかココロのなかにセレクションのことを気にしていた息子のプレーは完全に沈黙。

どんなに局面局面でいいところを見せても、敗戦は敗戦。

チームの雰囲気は下降気味だ。

そんなわけで、絶対に落とせない今日の試合ではあったが、なんとクマちゃんとナー君の復帰と入れ替えに、頼れるセンターバックのツブユーと前節で目の覚めるようなゴラッソを決めたタクヤが「塾」のため欠場となった。またしても俺の教え子の4年生を召集するはめとなる。

大丈夫だろうか。

ところが迎えた第一試合。先週のセレクションに感化されたかナー君・クマちゃん・息子の三羽烏(さんばがらす)が奮起する。
ボールをもたれる時間帯が多かったのだが、それぞれが4年生のフォローに抜け目なく回りピンチを防ぐ。
すでにGKとして一度修羅場をくぐった?ナー君が威圧的な存在感でゴールマウスに君臨する。

前半終了間際、自陣深くで右SHの息子が激しい潰しでボールをかっさらうと、あっというまにドリブルで3人をかわして中のクマちゃんに送る。そのままクマちゃんとふたりで、一回二回三回と普段遊びでしかやらないような高速ウノ・ドゥエを敢行。
息子はコーナーぎりぎりから最後はループでDF3人の頭上を越すラストパス。クマちゃんはPAカド付近から速い振り足でシュート放ち、GKがこぼしたところを細腕のリュウ君が押し込んだ。
沸き返るベンチ。

結局その後も「チームの勝ちを意識して」という6年生自らのプランどおりに、大事に大事にゲームを進ませた。
危なげなく1ー0で勝利。このリーグに参加して以来、初勝利。

さて、次の試合でもなんとかいけるのでは?と思ったのだが、疲れの見えた4年生の穴を完全にフォローしきれずに0-1敗戦。惜しかった。

なかなかうまくはいかないものである。ただ召集された4年生には、このリーグ戦をいちはやく経験したということが俺にとっては楽しみな材料だ。
これでやっと勝ち点3。それでもチームに明るさが戻った。

担当審判もふたつほどこなし、時計をみると午後1時。

始まったか。

佐川東京とザスパ草津の試合である。フオーリ・カーサ敷島。

佐川東京は前節の夢の島ではアローズに負けた。
今日はどうだろうか。
鳴門でもそうだったが、Jだなんだと騒いでいる地域のフオーリカーサでの敗戦などはみじめったらしいことこのうえない。

このまま、30分くらいで前橋までいけたらなぁ、とたわいのないことを考える。(実際3時間はかたいのだが)
さて、じれていてもしかたがない。

せっかく世間並みにいただいた「土曜休み」である。たまには親子でフツーにお出かけでもするか。と早くも次のことを考えていた。

急に、鎌倉の秋の景色が見たくなった。


数時間後、俺と息子は鶴ケ丘八幡宮の石段を登っていた。

紅葉を期待していたのだが、あまりぱっとしなかった。
樹齢推定800年の「神木」大銀杏(おおいちょう)は、まだ緑もまばらであった。
あてがはずれたか。

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夕暮れがいい感じに進行。まぁ、悪くはない。

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八幡宮の石段の上からみる、由比ヶ浜までつづく鎌倉の夜景。実は初めてだ。いい色彩だ。

境内の、人の通り道のまんまんなかに、太ったねこがでーんとねそべっていた。
あまりにもどかないので、みんな珍しがって写真なんかをとっていた。
しばらくすると、ねこはめんどくさそうにおきあがってチンタラと茂みに消えていった。ねこの行き先を通行人がよける。フツーと逆だ。

段葛(だんかづら)を歩く。わきの通りには何台か人力車が走っていた。奈良公園でも見かけた風景だ。
人力車にはアベック(笑)も数組乗っていたのだが、いい年ごろの娘と母という組み合わせが一番多かった。
いい年ごろの娘って32歳の俺がいうのもいやらしいが(笑)

そういや、俺は今シーズンは佐川東京のフオーリカーサでほうぼうに遠征したのだが、やはり「旅するハハコの姿」ってのは、全国津々浦々どこにでもあったなぁ。新世界以外は(笑)

親子旅。

そんな俺は、あちこちに息子をつれ歩いているので、人によって「男親にしてはベタベタし過ぎじゃないか」などと皮肉まじりに言われることもある。
まぁ、なんとでも言える。そのかわり、俺はフツーのご家庭のフツーのオトーサンよりもはるかに長い時間は働いていて家にいないし土曜も日曜も働きにいく。これは帳尻あわせって奴だ。

それに、息子も中学に行くようになれば自分の時間だけで精一杯だろうし、どこにいくにしても、自分で考えて自分で勝手に行動するのだろう(むしろそうでなくてはいけない)
だからではないが、いまは息子とあちこちにいくのが楽しい。こども料金だしな(笑)

小町通りの路地裏のトモエという寿司屋に入る。8ヵ月ぶりだ。
ここはカウンターで席は6つのみ。それなりの値段であるが、おやじの淡々とした語り口、ひとつひとつ丁寧ににぎる姿、そして食べたら二度と忘れることのない味が好きで、年に2回ほどお世話になる。俺にとっては寿司屋という日本文化の勉強になる貴重な店だ。
お客との会話で成り立つ不思議な店なので、となりの客(ひじが当たるほど本当に狭い)との会話もごく自然にある。こちらはヨソ者ということも変に隠さなくていいのだから気が楽だ。

おやじは俺を覚えていた。というか息子とのセットなのでなおさらだ。

「紅葉を見にきたら日が暮れちゃった?あきれたなぁ。でも、あいにく鎌倉は紅葉なんてたいしたことねぇんだよ」

そうかぁ。お茶をすすりながら、よくわからないのだがすこし安心する。息子は、もぐもぐと目の前の軍艦(ぐんかん)を端から食べ進んでいた。本格的な寒(かん)に入る前の中途半端な時期柄なのか板に書かれたネタの種類もあきれるほど少ない。だからきょうは「任せ」だ。数は少ないながらも、しっかりとしたにぎり寿司が漆塗りのカウンターにじかに並んでいく。ショーユをぬってくれるので、いちいちショーユ皿にべちゃべちゃつけてシャリがこぼれることはない。そのまま手にとっていただく。

ここの名物「あなご」が焼き上がり、皿にのせられてやってきた。
前回、あなごを焼きに入れたおやじが他の客との会話に夢中になっていて「ありゃりゃ忘れちまった」と言って焦げたあなごをつまみあげて苦笑いした光景を思い出した。

そんなこんなしているうちに、「開いてますか?」戸が頻繁に開いたり閉まったり。あとがつかえてるみたいだ。そろそろ、いくか。

「最後、いっこお願い」
息子が「地だこ」を頼んだ。

俺はお茶をのんで、おしまい。

帰り道、ひたすら混みあう134号を西に流した。遠くに漁船がみえたりかくれたり。

ふと、現在は故人のおばさんの家に居候していた高校生の頃をふと思い出した。

ママチャリでボードをかついで、ひとりでよろこんであちこちの浜で日が暮れるまで波のりしてたっけ。

134号は、その当時と比べて道はうんと広くきれいに整備されており、はるかにたくさんの店やホテルがひしめきあっていた。本当、変わり果てたものだ。

その眩しさに違和感を感じながら、息子とくだらない話を延々と繰り返しながら家路をたどった。

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現場

寒い寒い。

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novembre 26, 2004

初荷

和歌山のこの方のみかんの見本が送られてきた。
なんというか、公約どおりの確かな品質。

糖度(Brix)だけでは計れない、微妙に感じるアミノ酸とミネラル分。それに無駄のない酸味。
そして部屋(内袋)の数は今年も確実に10ケある。内容の充実した果肉。
外皮はひたすらむきにくく、へばりつくようだ。

おやじさん、今年も名作だ。ありがとう。0411261457.jpg

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novembre 24, 2004

深川いちばんぼし

11月23日(祝)

「まぁ、楽しんでくるように」

午後2時。となりの市でリーグの試合をふたつこなした息子を、京王永山の駅に降ろしたときに俺はぼそっと言った。

電車賃をにぎりしめた息子の行き先は住吉(都営新宿線)だ。今日は某クラブのU-15のセレクションの日。東京ガス深川グランドで開催されるのだ。

まぁ、楽しんでくるようになんてこっちが言うまでもなく息子はいつでもどこでも勝手に楽しんでしまうから別に良いのだが。

俺はグランドに戻り片付けをすませ、とりあえず車を置きに家に戻る。

家のこともそのままで、ばたばたと駅に向かい中央線に飛び乗る。御茶ノ水で総武線にスイッチして、錦糸町で降りる。街はまだ「暮れ」には早いせいか、まったりと、やや間延びした感のある東京の冬の風景であった。

さて深川である。ここに来るのはかれこれ4回目だ。

受付にて、いつもお世話になっているコーチ陣に挨拶する。
「息子さん、もう来ていましたね」
そうか、道まちがえなかったな。よし。

すでに、300人は集まっていただろうか。来年の中学一年生。
とりまく親御さんの数も半端では、ない。そしてみなさんの表情は、険しい。

お、お受験だ(笑)

俺は遠慮がちにグランドのまわりをウロウロしながら、3人を探した。
3人とは、息子、親友のナー君とウチのクラブの大黒柱のクマちゃんだ。

息子とクマちゃんがいた。サッカーバレーをしている。周囲の子たちとまったく違い、緊張してないでゲラゲラしている(笑)

「ナー君?さぁ、いねぇなあ?」

ふと、別のグランドに向かって走っているナー君を発見。てぶくろをしていた。寒いのか?
あれ?ナー君はなんとGKのセレクションに参加している!

聞いてない(笑)

ナー君は、ウチのクラブでは息子とともにオフェンシブハーフの3枚看板のひとりなのだ。
チームNo.1のガタイにしては意外なほどに細かい足技が得意で、俺はイブラヒモビッチと勝手に呼んでいるくらいだ。

さて、急場しのぎで数試合はGKをやったことがあるのだが、うーむ。
ナー君はひとつひとつのメニューを確実にこなす。うまいな。
むしろ、他の「正GK」の子よりもサマになっている。

すごい。

俺は慌てて、クマちゃんと息子のところに戻ると、ローバイしながら「おい!おい!ナー君が!」と声にならない声で伝えた。

「何?」

「・・・キーパー、やってる」

「おおー!」

全員、大いに驚く。

照明が入り、日もだいぶ落ちかけた時、フィールドプレーヤーのセレクションが開始した。

ここに来てセレクションを受ける子というのは、それなりの自信と気合いを持ってやってくる。ましてやそれぞれが自分のクラブでの大黒柱の役割を持っているのだろう。基本的なスキルはともかく、とても声がでているしゲームの局面を瞬間で判断してすぐに動く。

実は俺はこれを見にきたようなものだろう。
東京のサッカー大将が集まっての大ガチンコ勝負。


クマちゃんも奮闘中。せまいスペースでのボールを回すスピードにとまどってはいたが。なかなか。相手の先手を取ってインターセプトを連発。よし。

息子は、ありゃりゃいつもと同じだ(笑)
おまえやる気あるのか?と言うようなチンタラ走りをしながら、相手の視界から消えるいつものやり方でウラをとっていく。
ボールをもらってからも少しボールと戯れるようにキープ。ひとり、ふたりと囲まれるとぎりぎりまで待ってスルーパス。
ただ、いつもよりもうひとふんばり足りない。なかなかチャンスに結び付かない。

クマちゃん、惜しいミドルで存在感をみせる。チームでは唯一、FKで点が取れる男だ。頑張れ!

息子、DFともつれて倒れながらの左足ボレーは惜しくもサイドネット。天を仰ぐ。

クマちゃんのご両親を発見。いろいろとお話する。理解のあるすばらしいオトーサンとの話で盛り上がる。

ここで受けるセレクションは他の子と自分とのレベルを計るひとつのモノサシなんですよ、と。
俺も同感だ。

確かに、目の前では「サッカー大将」達のはるかその上をいく「化け物」が各グループにひとりはいた。大勢があのレベルにはとうてい追い付けないのは一目瞭然。

このレベルの、ガチンコ勝負を肌で体感した子が、これからどうしていくのか。それは体感した本人にしか答えはだせない。のだろう。
オトナができることは、そういうこどもの気持ちを理解して背中を押してあげることなのだ。決して進路をきめつけてはいけない。

中学年代。いい意味でも悪い意味でも「化ける」年代だ。
少年サッカーのヒーローも、成長につれおとなしくなってしまう。いままでぱっとしなかった子が急に頭角を現す。そういう場面を俺は毎年目撃している。
また、フットボール以外のあらゆることに自分の才能を見いだすこともできる年代だ。

空はいつのまにか真っ暗になっている。

さて、東京のフットボールの「一番星」はそろそろ決まっているのだろうか。

終了のホイッスルが、長く夜空に響く。


すっかり寒くなった俺は、自販機の「缶しるこ」でしばし暖をとる。

おつかれさん。

帰りは全員合流。クマちゃんのご両親に提案して、月島でもんじゃを食べることにした。
もんじゃを食べにいく、というとこの方に怒られそうだが。たまのお出かけ、みんな揃ってという機会もこの先ないだろう。

こどもたちも今日は本当に楽しそうだ。みんなそろっては夢の島以来。

梅酒をぐびっとやりながら、ぼんやりと考えた。
彼らは来年も、まだ一緒のチームでボールを追いかけてるだろうか。

月島の夜、文字どおり月明かりが寒空に広がっていた。

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novembre 22, 2004

うちの家紋(かもん)

こんにちは、県農です。

みなさん聞いてくださいよ。

最近、ウチのとよく似たマークつけたシャツがスポーツ用品屋にいっぱいぶらさがってるんだよねぇ。

実際、困るよねぇ。

いやだねぇ、パチもの商売は。


ウチの方がずっと古いんだから。頼むよ!0411220836.jpg

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novembre 21, 2004

オフの日曜日

今日は息子、左足首が痛むと言うので「オフ」にさせた。

俺は俺で今月はカンコーチョーの仕事を毎日休みなくやっているのでカラダがボロボロである。俺も今日は4年生の練習をかわってもらった。

オフだ。

そういうわけで我が家は夢の島に向かった。

佐川東京対アローズ北陸。

佐川東京のゴール裏も俺の姿に「あれ?」っと珍しがる。そうだ、日曜の試合ははいつも雨(今年は多かったな)の日かナイトマッチしか現われないからなぁ。
幽霊みたいなもんだ。

さて、佐川東京である。
リーグ戦ものこり3試合。はっきりいって負けがこんでいる。
相手はこれまた負けがこんでいるアローズ北陸だ。
しかしながらお互い天皇杯ではJクラブをあと一歩まで追い詰めた仲でもある。
そしてお互いにリーグ戦ではもう優勝戦線にも降格圏内にも縁がないポジションにいるのである。

「脱け殻」デルビーだ。

ただ、クラブを愛して止まない俺を含めた関係者各位にとっては、先週の磐田との激戦を観た方がはたしてどれだけ興味を持ってココに足を運んでくれるのだろうかという期待も、あった。

今日の来場者は約350人。

おぉ、いつもより50人多いではないか(笑)
ちなみにその中では、お声をかけることはできなかったものの、先週味の素でお話させていただいた方が見えてこられた。うれしいな。

快晴の日曜日。
いつもの夢の島をいつもの雰囲気でいつもの面々と俺は楽しんだ。

結果?それだけは聞くな!(笑)

シーズンも、あと2試合・・・。

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novembre 18, 2004

くすり

「痛みがひどいときはコレがきくらしいんだよ」

現場で花売りのよしえちゃんがくれた。

え?

ど、ど、どうぶつ用?

どこで売ってんだ?0410151538.jpg
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novembre 16, 2004

煩メルカート

某協会の陰謀で、磐田とコッリーナに勝利を「盗まれた」後遺症(?)でいまだに仕事に精が入らない。

そうもこうも言ってられぬ。

たまには現場の話だ。

いまだにバカメディアでは(注・○オンとか○ーカドーが大スポンサー様?)「野菜が高騰していて鍋物野菜が不足!」なんて、あえてまたこの時期にバニックをあおるような報道を繰り返している。

はっきり申し上げます。

現場をみるかぎり、ひところの絶望的な状態からは脱出しました。いったい何を大騒ぎする必要があるんでしょうか?という情勢です。
今週はすでに、比較的生長サイクルの早い菜っ葉類を中心にお手ごろ価格になってきています。ただ重量野菜といわれるだいこん、はくさいが「かなり」割高ですが。

これから先、どうなっていくかって?

契約社会のがいしょくさんぎょう(悪の親玉ではない)は、ちゅうごくに一冬分の重量野菜を手配してしまいました。過去最大級の大量緊急輸入といわれるそうです。
有無を言わさずドカドカと大量入荷してくる関係上、彼らはもう国内野菜を必要としません。

さて。バカメディアは、この点に注目していない。というか、あえてそうさせないように情報を細工してるんでしょうか。
ちょっと冷え込んだ今の時期に「鍋野菜が高い高い」とわめかせる一方で、「緊急放出!」として余った野菜を買い叩いてそれをそこそこの値段で売る。誰が仕組むか?この猿芝居。そして、誰が笑って誰が泣くのだろう?

しらじらしいか(笑)

ああ、どちらにせよ、また気候災害を利用しての銭儲けだ。わかりきってはいるのだけれど。

「安いものを安く買うことが悪いの?」
「商売の自由ってやつだろ」

皆さん、こうおっしゃられるかもしれませんね。まあまあ。
怒りっぽいのはビタミン不足ですよ、お父さん(笑)

俺が一番言いたいのは、バカメディアは今年このあと、生産者が生活に困るくらいの大暴落状態になったときに果たして「正しく」報道してくれるのだろうか?ということなのだ。実際、死ぬような思いをして作った白菜やだいこんが1ヶ50円、なんてことは起こってもおかしくないからだ。

生産者あってのこの業界である。今年は台風だけのせいにはさせたくない悲劇が多すぎてしょうがない。


などと、業界ピラミッドの底辺にいる俺は思うわけでした。以上終了。


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(写真)おとなりの半島からの輸入白菜。

キムチの本場も、ついに原料白菜は中国からの輸入する分の方が国内生産分より多いのだ。
日本なんかに輸出して大丈夫なのか?

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novembre 13, 2004

世界でいちばん幸せなハーフタイム


コリエレ風見出し
「磐田とコッリーナ、佐川を討ち取る」


天皇杯4回戦

佐川急便東京SC 2−2.5 ジュビロ磐田
(0.5はPK)
得点者 竹谷 2


みなさん、お疲れさま。

俺は、疲れた。

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novembre 12, 2004

いわた回想録・4

(続きです)
「悪いがココ出るぞ」
息子にそう告げると俺は松崎社長(おそらく)のポジショニングを目で確認する。

試合はロスタイムに入った。
ややだれてきた感のあるラウンジにはさすがのホステスさんも注意散漫になりかけている。チャンスだ。

一刻も早くココとおさらばしなければならぬ。もう躊躇はゆるされぬ。

前半終了のホイッスル。多くの客が席を立つ。今だ!
するりするりとスラロームで人波をすりぬけ、エレベーターへとむかう。
カウンターには、出入りを監視するホステスさんが立っていた。俺は「何か?」といわれる前に、問答無用に深々と一礼してエレベーターのスイッチを勝手に押した。

3分後、俺は仲間のいるゴール裏へと帰還した。

必要以上のエネルギーを使ってしまった俺はかなり疲れてしまったが、「まだまだいける、大丈夫」「むしろ計画どおり」と言う仲間の言葉に安堵した。そうだ、ここからだ。

前半、男の意地をみせたマサオの鬼気迫るあの表情を俺はあのラウンジから目のあたりにした。そうだ、あの男ならやってくれる。
そして、ベンチにはファンにとって確信的なセットが控えているのだ。
馬目、そして大先生嘉悦の攻撃ユニットである。
前半の竹谷・小幡のコンビとはまったく違う動きをとるユニットである。
後半開始。もちろん、前線のふたりはセットで入れ替わった。

予想どおり、ジュビロのマーカーは混乱に陥った。
ファンも、目の前で奮闘する大先生の御姿にヒートアップ。

ココから先はもう無我夢中ではっきりとは覚えていない。俺も、ファンも、酸欠になるまで叫び続けた。

残念ながら、佐川東京は早い段階で反撃を試みる矢先に失点してしまい、試合はこのままタイムアップ。

タイムアップの笛が磐田の冬の空に響く。ファンも、もちろん俺も、でてくる言葉がなかった。これがジュビロなのか、これが天皇杯か。

ふとピッチを見る。マサオが胸を張ってピッチを歩く。「元」チームメイトとスタッフひとりひとりと握手している。堂々たる男の姿。
俺も、いつまでもシクシクとはしてられない。胸を張ってピッチにいる選手に手を叩き続けた。

佐川東京の2003年シーズンはここで終わる。
(以上終了)

あれから、ほぼ一年。
願ってもないジュビロとの再戦の舞台。一年ごしの2ndレグ。

選手達は、わかっているはずだ。そしてファンも、もちろん俺もだ。

これはチャレンジではない。リベンジだ。


決戦は、明日13時、東京・味の素スタジアム0411091948.jpg

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いわた回想録・3

(続き)
試合が始まった。
ジュビロは立ち上がりからJクラブの実力をいかんなく発揮していた(ようだ)。佐川東京は防戦一方にも見えたが、よーく観察すると「重心」を後方に下げていてジュビロの攻撃を受けとめているようだ。セリエBの試合みたいにチト極端すぎるようにもみえたが。どういうチームオーダーだったのだろう。
最前線には竹谷が、そのやや後方に小幡が、そこからかなり後方に山根が、そして我らがエースのマサオが前方のスペースをうかがっている。あまり見たことがないフォーメーションだ。
開始早々、ジュビロは両サイドから「力ずく」で崩してくる。しかしクロスをあげる場面、フィニッシュの場面では抜群の集中をみせるDF伊藤、鈴木とGK加藤竜二が見事に防ぎきってくれた。
はた目には、弱者のサンドバック状態かもしれない。ラウンジにいた一般客はゴールラッシュを期待しているのだろう。前田遼一がボールを持つたびに、あのせまいイスからうれしそうに身をのりだしていた。
ケッ、そうはいくか。
それにしても、普段ギャーとかウォーとか感情をあらわに、礼儀正しく?フットボールを楽しむ俺は、この狭苦しい空間に拘束されることがすでに苦痛を通り越して悲しみすら感じていた。
このラウンジにいるお客同様、試合が終わるまで人形のようにおとなしくおさまっていなければのだろうか?
多摩川(競艇)の最上階ラウンジはこれにくらべたらまだにぎやかでいいのになぁ。

そんな中、ラウンジがどよめく。ジュビロの右サイドの後方にエアポケットが発生し、竹谷がそこに走り込む、絶好のスルーパスが通った!

ピィッ

副審の旗が上がる。フオーリ・ジョーコ。
え?
俺のみている位置のちょうど真下である。その時の竹谷の位置はは明らかに「半身」であった。畜生め。

しばらくして、またラウンジどよめく。先程のスペースを今度はマサオがひとり、ふたりと抜ききってさらに前へ前へと猛進していく。やった!
さらにもうひとりとかわしきったときには、ガラス窓のむこうに悲鳴にもにた声がきこえた。
おしくも、ボールを放すタイミングがやや早すぎて相手ボールになってしまったが、その執念にも見えた突破には思わず男泣きしてしまう。マサオ、漢だ。
前半もいい時間まで進み、佐川東京にとっても俺にとっても、まさに理想どおりの展開になる。さっきから横にいる松崎社長(おそらく)が、ことごとくチャンスをはずす前田遼一に対して歯軋りしている。
しかし、ああなんということだろう。ここまで切れ間ない見事なマーキングで決定的なシュートをさせなかったDF陣にも一瞬の「間」が発生してしまう。
「上だ!」と思ったそのとき、竜さんがふわりとしたヘッダーで破られる。失点。
ラウンジは急に色めきだつ。割れんばかりの拍手喝采。
苦痛にたえきれぬ俺は手を添えていた目の前にある簡易テーブルをひん曲げそうになった。

屈辱。

前半が終わる前に俺はすでに次の行動を考えていた。
(続く)

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novembre 10, 2004

枯露柿(ころがき)作り・1

我が家では毎年干し柿を作る。
使用するのは山梨産の「甲州百目(こうしゅうひゃくめ)」という種類の渋柿だ。
干し柿は、渋柿の皮をむいて天日に数か月さらしておくと完成する。
市販の干し柿は地域によって原料柿の品種や製法が違い、それぞれの特徴を活かして立派な特産品となっている。
山梨では半乾きの「あんぽ柿」と呼ばれる特産品もあるが、暮れから年明けにかけて出荷する最上級の干し柿で「枯露柿(ころがき)」と呼ばれるものがある。
粒の大きい高級品は市場の競売で一箱(24ケ入り)あたり2万円くらいでせり落とされるくらい貴重品だ。
年始のおつかいものに、各方面から毎年引き合いが強い。

さて我が家では、自家用として「枯露柿」をホームメイドする。厳寒期ののささやかなぜいたくをめざして、今の時期に仕込むのだ。
原料柿は渋柿なのでなかなか一般には出回らないのだが、ふとしたタイミングで現場に入荷していることがある。渋柿ということもあり格安だ。

今年はまだ生暖かく湿度も高いので、失敗する可能性もあるのだが。
本日干し作業をやった。

今年の暮れはどうなるか。0411101448.jpg
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いわた回想録・2

(続きです)
そのサプライズとは。
ラウンジにはなんと、セレソン永遠の闘将・ドゥンガ様がお見えになったのだ!一瞬わぁっと声をあげてしまい前列のおばさんににらまれる。
声をかけたい衝動にかられるが、なにせ今現在の状態が状態である。せまいせまい「ピンク映画のイス」に押し込められているのだ。ちょっとでも席を立つと周囲の空気がざわめくのは必至。席を離れようなものなら、ホステスさんがすぐさま駆け寄り「どうかなさいましたか」と血相を変えてせまるのだ。
イスに固定され拘束されるためにココに来たのだろうか!胸が痛くなる。
それでもミーハーな俺は抵抗を試みる。なんとしてもドゥンガ様とお話がしたい!
最前列に鎮座しようとする御方の注意をどうやって引こうか、足りない頭で考えた。
「トイレ、どこですか?」俺は臆面もなくホステスさんに聞く。
そして案内される方向から、かなり迂回する。全面のガラスに近付き、わざとピッチの眺めを楽しむふりをしながら、じりじりと御方に接近する。そこにいた誰もが、俺の一挙一動に注目する。そらそうだ、俺は佐川東京のシャツ(PENALTY社謹製・1st)を着ているからだ。今は、そんなこと知っちゃこたない。
そのときだ!周囲のざわめきに驚かれた御方が、にじり寄る俺に気が付いたのだ!背中から汗がでてくる。
俺はなんてあいさつしようか考えていなかった。ぼあのいちーっすとかいえばいいのだろうか(馬鹿)。
俺のアクションより先に、御方がこちらを見た。というか「とさかから尻尾の先まで」舐めるように見たのだ。そして俺を凝視するその表情には、こう書いてあった。

なんじゃい、われ?

俺は声がでなかった。完璧に固まってしまった。やられた!

「こちらですよぉ」
ホステスさんが苦笑しながらトイレに俺を追いやるように手を添えて誘導する。

仕方なくトイレをすませた俺は、あきらめてイスに戻った。
そして事もあろうに俺の真横には、先程から役員さんやドゥンガ様らの来賓とたぶんタメ語で応対していた本日のホストである松崎社長(おそらく)が通路を塞ぐようにもたれかかり、俺がちょこちょこと動き回るのを監視するようなポジションについた。

カテナチオ。もはや、にげられぬ。


いつのまにか試合は、始まった。
(続く)

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novembre 09, 2004

移出

いま働く現場は、一応関東の拠点市場だ。毎日休みなく全国各地に野菜果物を供給している。
これから冬場にかけては雪に覆われる北に向けての荷動きが活発になり、旭川だとか釧路ナンバーの巨大なトレーラー群でにぎわうのだが、週一、二回「おやっ?」というトレーラーがやってくる。
船積み用の冷蔵コンテナを積んだ「沖縄」ナンバーのトレーラー。
担当に聞けばこれは地元の某スーパー向けの野菜果物だそうで。

フェリーに乗っていくらしい。そこまでの道程を想像しながら、まさに「移出」なんだなぁと今更ながらに想うのであった。

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novembre 08, 2004

いわた回想録・1(14/12/2003)

12月14日(日曜日)
am10:00

買い換えたばかりの車で、俺は東名高速を静岡方面に流していた。
今日は決戦の日。ジュビロ磐田のホーム「ヤマハ」までひたすら向かうのだ。
先週の西が丘。ルミノッソ狭山との対戦を劇的なVゴールで勝ち上がった(見にいけなかったが)佐川東京は、順調とはいえないものの、「来るべき時」に合わせてここまでの道のりをたどってきたのだ。

来るべき時は、ついに来たのだ。

袋井ICを降り、バイパス道を下る。ココに来るのは10年ぶりだろうか。

ヤマハ東山グランド。そう、当時JFLを戦うヤマハFCとフジタの首位攻防戦。得失点差で「どう負けても」優勝が決まるフジタと、「負けてもJリーグ入り」が決まるヤマハとの消化試合。裏山がそのまま巨大なバックスタンドになっているこのグランドには来期からのJ入りに沸き返る地元ファンで埋め尽くされ、通りからフェンス越しに巨大なサックスブルーのカーテンが渦巻いている。サイドスタンド部分は新設工事中であり、巨大なバックスタンドもさらに上へと増設工事の足場が組まれていた。ピッチはところどころがはげ、PA付近には大穴が空いていた。
ヤマハFCとフジタはジュビロ磐田とベルマーレ平塚となり、翌シーズンからそろってJリーグに加盟した。


昔の記憶そのままに、バイパスから市街地方面へと入る。バイク工場の裏手には、やはり独特の雰囲気の「ヤマハスタジアム」があった。民間の駐車場に入ると、まだ小学生の女の子がお母さんと一緒にみかんを売っていた。一袋約500g100円。普通温州種のみかんが駐車場の裏で実をつけていた。

ふう、と息を吐きスタンドへ。ちらほらと仲間の姿が見える。入場口へと向かう。
チケットのもぎりの時に、息子がとんでもないサプライズをやってくれた。
入場口ではなにか三角くじのようなものをやっていた。もらえるものはありがたくいただく主義だが、ジュビロ選手グッズなんて我が家には不必要なんだけど・・・・・。
「おめでとう!」
息子が引いたくじにはしっかりとジュビロ君?(マスコット)がプリントされていた。
はあ、当たりですか。で?
「VIPルームにご招待です」

え?

俺は一瞬たじろいだ。アウェイの客にこんなものを・・・。
息子は大声をだして喜んでいた。そりゃそうだろう、公式戦をVIPルームで観戦だなんてズイッコでもあるまいし。
俺は係りのおっちゃんに二度ほど念を押した。

「佐川ファンでもいいのか?」

「こんな機会、めったにありませんので」
まあ、そうだ。否定は、しない。けど、俺には躊躇する理由はたくさんある。
「あ、確か「ラウンジ」ではフリードリンクで。バイキング方式でなんでもお召し上がりOKなんですよ」

くいもん・・・。いやしい俺はついつい首をタテにふってしまう。

ただ、これがこの日味わう屈辱へ続く階段の第一歩だった。

俺はひとまず仲間へ挨拶をしたり、昔の2倍になった名物のバックスタンドを最上段まで登ってみたりして、約束の時間までぶらぶらと遊んでいた。

十数分後、俺と息子は佐川東京のシャツを着たまま「ラウンジ」へ通じるエレベーターへと通される。
5階・・・。半信半疑のまま、受付へと通される。
おお・・。一瞬俺は息を飲み込む。ごくりと。
下の受付スタッフもそれなりにカワイイ娘であったが、「ラウンジ」のスタッフの女性はさらに「格上」。
まさに「おもてなし」といわんばかりの対応で迎えてくれる。
ラウンジにはすでにそうそうたるVIPの方々(たぶん会社の役員関係さん)と、同じようにご招待を受けた一般客が数組すでに席についている。
壁一面に広がるガラス窓は、ピッチ全体を真上から見下ろすことができるアングルであった。かなり高い。

ん?

俺はひな壇のような席の一番後ろの列に通されたのだが、具合がおかしい。
身長165cmの俺は、大のオトナのサイズとしてはやや小さいほうだが、そんな俺でもこの席は小さい。
折りたたみイスと簡易テーブル。こぎれいではあったが、サイズといい、前の席との間隔といい、これはまるで地方都市のピンク映画館でないか?しまった!

時すでに遅し。俺は佐川東京のシャツを着たまま、ここに軟禁されてしまう。

「ドリンクいかがなさいますか?」
ドキっとした。「ラウンジ」のホステスさんが目の前にひざまづいた。
VSOPでもすすめられるのか?俺はキンチョーする。すると
「コーヒー、紅茶、緑茶とございます。お子様には、オレンヂジュース・・・etc」
は、はいー?ここは小田急ロマンスカーか?

それでもつい俺は「緑茶」をたのんでしまう。息子は素直にオレンヂジュースだ。
「どうぞ」
と、もってきたはよいのだが、それはネスレの紙コップ。

「お茶うけ」は、それはなんとネスレのキットカット。
ぽっきん、とそれを割りながら俺はすごくココに居る違和感と一緒にお茶を味わった。
居たたまれない、居たたまれない・・・・、じゅる(笑)

試合開始3分前。ここでさらに驚くべきサプライズが!
(続く)


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りんご箱

りんごの時期だ。

みなさんりんご箱はご存じでしょうか。

ダンボール流通が主力とはいえ、りんごの一次流通は木箱で行なわれている。
産地業者もしくはJAが市場出荷する段階でダンボールへと入れるのだが、出回り最盛期にはこうして「原箱」のまま市場に入荷するのもあるのだ。

木箱には一応グレードがあり、使用する木材によって価格が違うのだ。やはり高級品にはそれなりの風格というのがある。逆に不揃いの徳用りんごにはそれなりの木材を使う。廉価。

箱そのものは産地業者に頼めば購入することができる。ただ、がさが張るので多少運送賃が高いかもしれない。

中身がぎゅうぎゅうに詰まったりんご箱は正味25kgある。物流には気合が必要だ。本当に。

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novembre 07, 2004

ばたばたフットボール日和・11月

11月6日(土)

am5:00
寝ている息子を尻目に仕事に行く。息子は関東村という調布市のグランドで行われる某スクールの合同練習に行くのだ。息子とは関東村のとなりのとなりの味の素スタディオの「いつもの」トコで合流ということだ。

pm2:30
仕事は簡単には終わらない。くさったリンゴを悲しげに見つめながら、ふうっと息を吐く。
半ば投げやりに業務を終了して車で直接向かう。

pm3:00
駐車場からスタディオまで歩くが、本当に試合をやってんだかなんなんだかわからない。まったりムードが通りまで蔓延している。
年間チケットをもぎってもらうときに、すれ違いに知った顔の東京ファン関係者数人が帰るのを目撃。ん?

pm3:15
「いつもの」トコにいくと、いきなり下の名前で呼ばれてドッキリ。
声の主は地元での「幼なじみ」の2ツ年上の「おねいちゃん」だ。石川のユニフォームを着た息子と一緒。今日もハハコで観戦のようだ。今年から行かない試合の分の年間チケットは実家の母を通じてこのハハコに差し上げていたのだが、スタンドで会うのは実は初めてだ。少々気恥ずかしいな。小話してお菓子をもらう。
息子、居た。眠そうだ(笑)。

pm4:00
「消化試合その1」が終わる。サンちゃんは相変わらずサンちゃんでうれしい。松橋君はやはり足が速かった。
ハハコと近況を話し合い、またココで会おうねといってスタンドを後にする。

pm4:00
車の中で息子がしゃべるしゃべる。どうやら試合形式の練習会で「優勝」したらしい。あのメンバーならそうだろう。
「松の湯」にいきたいなとぼそっといった。優勝祝い。OKする。

pm7:00
優勝祝いということでホットプレート焼肉を開始。やたらめったら贓物ばかりで(笑)。

pm9:00
松の湯から帰り、死んだように寝る。

11月7日(日)

am5:30
ミソ汁だけ用意して現場に向かう。カンコーチョー用の仕込み作業。

am8:30
小学校のグランドでライン引きをごろごろと転がす。今日は低学年の練習試合。カ-サ。
息子はフオーリで別の練習試合。すでに現地にいった。

pm13:00
5試合くらい笛を吹いた。自分の担当学年ではないので裏方専門だ。暑い。

pm13:30
息子が帰ってきて「勝った。一本目は1-2負け。二本目は5-3勝ち。トータルで6-5勝ち」とのたまう。なんつー試合だ?しかも、センターバックのツブユーがトリプレッタ。おいおい。
チラシの裏にサルサディポモドリ(コントンノ)の作り方をひらがなで殴り書きして、自分のひるめしを作るように言う。
間髪入れずにまたグランドに向かう。

pm13:50
担当する4年の練習。監督の意向でいきなり3年とのゲームになる。3-1-3-1-2をちょっと進歩させて2試合ぶっつづけ。いきなり3失点で目がさめたか、2本目も3本目も4本目も勝ちきった。でもちょっと甘いな。
最後はスクランブル状態でのパワープレーをあえてテスト。両サイドバックをしぼらせ、センターバックとボランチを最前線に突入させる。成功。

pm15:50
こどもたちを監督にあずけ、また現場に向かう。

pm19:25
いまだ仕事中。何時にかえれるんだろうか?
息子にはシャケの切り身を一緒に焼いて食うぞといったものの・・・。

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novembre 05, 2004

カンコーチョーゴヨータシ

職務上あまり多くは語れないが、今月から某所への青果の納品業務が始まった。
俺にとって、いや会社始まって以来初めての経験なのでひたすらバタバタとしている。
「彼ら」との付き合いは、いわば通常我々が行なう商取引の方法とははるかに違う。まさに異文化ともいえるのだ。
野菜暴騰の折、今月は入札する際の単価設定には入念に気を配っていたつもりだ。大きな欠損にもつながりかねない。
まあ、初めてなんで様子見で、よそにとられてもいいや。
なーんて思っていたのだが。

大当たり。落札決定。
その瞬間、よその業者はささっと席を立つ。
帰りぎわに彼らは「ニヤリ」としていた。

ババ抜きのババを引いた。


そして困難は始まる。
続きは、また。

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novembre 03, 2004

そのなんというか霞ケ丘・当日

「席、ふたつココありますよ」
と、声をかけていただいた見ず知らずの方たち、ありがとう。

一緒にいろんな歌を歌い、跳び跳ね、泣いたみなさん、今日は良かったね。

JFL時代のシャツを着た古い方も、増嶋のシャツを着たギャルも、ひとりで来ていたというおばあちゃんも、みんな同じ目線で、同じピッチを見続けていた。座る事無く。

加地のシュートがネットを揺らした瞬間、誰もかれもが握手を求めた。

良かったね。日本一。
ヤマザキナビスコカップ決勝戦

FC東京、初タイトル。041103165100.jpg
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novembre 02, 2004

出勤途上、ラジオでさかんに「濃霧のため」などと言っている。
自分ン家のまわりではまったくなかったのでなんのこっちゃと思っていたのだが。
府中試験場を過ぎ、野川公園にさしかかるといきなりそこから前が見えなくなった。0411020639.jpg

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