フオーリ・カーサ
1月6日
なんか体調がすぐれなかった。
オステロ・メルジェリーナでの朝はいまいち寝起きが悪かった。
昨日からなんかしょんべんの色が黄色いなぁ、
とは思ってたのだが、自分が考える以上にカラダはまいっているかもしらん。なんせ日本にいるときの12月20日からは不休である。元日も早朝から働いた。休みナシでここまで来たのである。
薄暗いメルジェリーナの風景を窓から眺めた。きれいだなあ。

駅ではすでに何本も列車がいったりきたりしていた。

息子はまだ寝ている。いちいち起こすこともかわいそうになった。
起きているにもかかわらず、カラダの機能がついていかない。
そんなこんなで本日の予定に神経がゆきとどかない。これがのちに起こるすごい事態の引き金となる。
朝飯はこの国のオステロ名物、とでもいうべき堅いパンとインスタントカプチーノ。パンの堅さったらおそらく頭にぶつけたら「たんこぶ」ができそうなくらい。ただこれに文句をつけちゃあいけないってもんだ。
はじめてココに泊まったであろうオネエチャンがぶつぶついいながら残している。
息子はうまいね、これ!なんてよろこんでパンをかじる。君、どーゆー育ちをしてんだい(笑)
閑古鳥シーズンらしく食堂にはぽつりぽつりとしか人はいなかったが、日本人の旅行者が思ったよりいたのは驚いた。みんな俺と息子の会話を横聞きしている。俺は食うことに集中しているし、特別彼らと話すこともないので話さない。
息子がカウンターにトレーを返しにいったらおばさんがご丁寧にゴミの分別をやってくれてた。ありがたいのだが、俺は息子にはこういうことは自分で考えてやらせる主義なのでちょっと歯痒かった。
食堂から出て、フロントのおやじにあいさつをした。いよいよ出発だ。

やたら人慣れした看板猫が送ってくれた。息子が軽くじゃれつきながら猫にあいさつをした。
メルジェリーナの駅へ急いだ。休日らしく街は静かだ。
俺はまだ物足りなくて駅バールでカフェをずるっとすすった。美味い、世界一などとたわごとをいいながら。
さて、と踏ん切りをつけてビナーリオへと進んだ。きれいな駅とはいえ行き先表示が壊れていて「とんちんかん」だった、やはりナーポリだったと再確認した。
息子は行き先表示以外にも時計が全部違う時間をさしてることにいちいち驚いていた。時計などあってるわけねぇだろコノヤロ!と俺は笑う。
あ
時計?
俺はなにか重大なことを気が付いて愕然とした。
メルジェリーナにカッセルタ行きの列車がくるわけなんかない。ここからチェントラーレにいかなければいけなかったのだ。
それがあるから、なるべく早い時間にここに来て安全策を練ろうと思っていたのだが。とんだお寝坊(おねぼけ)である。
あわてて「列車」地下鉄にかけこみ、チェントラーレに向かった。が時すでに遅し?否!ここはナーポリだ。俺はまだ可能性があると思っていた。
終点ガリバルディすなわちチェントラーレに到着。ここではいきなり通路で「検札」をやっていた。切符なしで乗っていた人たちが何人も何人もとっつかまって書類にサインを書かされている。すんごい光景だ。
ナーポリのことだから係員はこいつら全員ニセもので、そのうち警官隊がやってきて大騒ぎ。なんてドリフのコントみたいなことを想像してたのだが、残念ながらそうではないようだ。
罰金は80エウロくらいするらしい。
チェントラーレに着いたが、悲劇的にもすでにカッセルタに行く列車は「定刻どおり」に発車したらしい。なんてこった!
すぐさまインフォメーションにかけこんだ。
「あの、バーリ行きたいんすけど、次の列車って何時、どこ行きでしょうか?」
係員はいちいちオーバーにうなづきながら端末でしらべてくれた。
「12時半、カプーア行き。カッセルタ乗り換え。今日はこの時間の特急がないからロカーレでバーリにいくべし」
ロ、ロカーレ(鈍行)ですか?
脂汗がでる。
「いつ、バーリ着くんでしょうか?」
「6時くらいだ」
なんてこった!そのまま空港いって終わりじゃねぇか!
「おとな一枚こども一枚か?」
「もうしわけないです、時間、いただけますか?考えます」
「あいよ、またあとでね」
くらくらしてきた。昨日は思い切ってバーリからローマまでのヒコーキを予約してまでもバーリでの試合に行くことにこだわったのに。
ちなみにバーリのスタディオ・サン・ニコラでの試合開始は15時。バーリ発のヒコーキは19時発だ。試合に間に合わないはまだしろ、最悪ヒコーキに乗り遅れたらその先は未知の世界。さらに翌日はローマ・フィウミチーノから朝8時半のヒコーキで成田までかえらねばならぬ。ローマにはおそくとも7時にはいないと帰国すら危うい状態に!バーリからローマまでの他の交通手段は未知の世界である。
どうしよう。
このまま今日はナーポリの街を満喫して、観光などしてお茶をにごし、夜はそそくさとローマに移動して翌朝ひっそりと帰国するか。
そうするしかねぇのかなぁ、ちくしょう!

いつのまにか駅からでて広場を歩いていた。ふいに、高速バスの切符売場があるのが目に入った。
これだ!
窓口にいる係のおばちゃんに単刀直入に聞いた。
「バーリ、いけますか?」
おばちゃんは横の案内板を指さしながら、申し訳なさそうに
「今日は休日だから、ノー」
ひざの力が抜ける。終わりだ。
しかし、ややはなれた場所に2階立ての大型バスが停まっていてお客をのせている。そのバスには「FOGGIA」とラベルがついているのが見える。めざとく俺はそれを指差して言った。
「じゃああのバス、のりたいのですが」
おばちゃんは今度は半分怒った顔で言った。
「あれは違う会社よ!あたしは知らないわ!乗りたかったらあそこいってきいてみたら!」
まあまあ・・・
とりあえずバスに近づいてみる。運ちゃんが銭勘定をしていた。別の兄ちゃんが荷物室のフタを閉めた。どうやら発車らしい。
俺はなんの考えもなく聞いた。
「まだ、乗れますか?」
運ちゃんはニコっとして「オーケー」した。機械からレシートを出して俺にみせた。
おとなとこども合計で15エウロ。
嘘だろ!安すぎる!
「お願いします」
かくして、俺と息子はこの大型バスで目指すバーリの近くに位置する街、フォッジァに向かうことになった。
ナーポリ・チェントラーレ駅前のキタナイ広場。遠目にはちょっとした高層ビルがいくつか見える。それはまるで川崎駅の風景のようだ。もちろん競輪場に向かう側の方だ(笑)
なんだかんだでバスはまだ客をのせている。なんとナーポリのウルトラらしき人間が乗り込んできているではないか!俺は安心した。
もしやと思って、上着を脱ぐついでに車内を見渡した。なんと周りにいる落ち着きのない連中はやはりナーポリのマフラーを巻いていた。
捨てる神あれば拾う神あり。
数分後、バスは広場から発車した。
「予期せぬ偶然と衝動的な行動」の繰り返し。俺のこの悪い習慣は昔っから変わらない。
息子よ、これを見てぜひとも反面教師にしてくれたまえ。
バスは悠然とナーポリの街を流す。俺の知らないナーポリの街の風景がいくつもいくつもあった。
まだいったことがないナーポリの中央卸売市場のわきを通る。休日なので無人状態だが、ミラノやローマのそれとはまったく比べものにならない程に設備が原始的で逆に感動した。
市場周辺からだんだん街の雰囲気が変わってきた。はっきり言えばスラム街。それは心の奥に突き刺さってくるようだ。このどうしようもない荒れ果て具合というかすさみ具合は何なんだろう。俺の知らないナーポリがまたあった。

アウトストラーダに入った。いっちょ前にテレパス(ETC)をするっと通過した。
ふと、考えた。
ナーポリからバーリへいくということ。俺は何か因縁めいたものを感じていた。というのは7年前にこの国を乞食のようにさまよっていた時、アドリア海沿いに南下してたどりついたのがバーリであった。
バーリでは盗難にあい、ほとんど持ち金がなくなったのでヒッチハイクを強行した。長距離トレーラーのおやじをとっつかまえて向かった先がナーポリなのだ。
高速は山間に入った。ももだのすももだの果樹が広がっていた。もちろんすべて落葉したあとの冬仕様であったが。まるで山梨の中央高速を走っているような風景だ。
後ろの方がなにやらざわめいている。耳をすますとなにやらクソだのカスだの、どうしようもなくキタナイ単語が連発。なんだろうと思ったらみんなして同じ街の名前を連呼している。
「アヴェリーノ」
そうか、アヴェリーノを通過してるんだ。下の方をみればほどほど大きな街が広がっている。案内板にはこの先アヴェリーノ・ノルド出口とある。

アヴェリーノというと伝え聞くところによればかつてナーポリと激しく憎しみあうデルビーをくりひろげた相手だ。今期はやつらもめでたくCからBに昇格。再び同じ土俵でお互いたたきあうことになっているのだ。
しかし今期はすでにアヴェリーノの地で一度対戦済み。で、その試合ではスタンドからナーポリのウルトラが落下死亡事故を起こしてしまい、騒ぎが収拾できずに没収試合(結果は0-3でナーポリの負けとされた)。
おまけにナーポリはこの件で5試合のカーサ開催を剥奪されたのだ(サン・パオロは使用禁止、しかも代替地で観客ナシ!)
まあそんなわけでナーポリにとってアヴェリーノは「くそったれな地」であるということだ。
まあ、アヴェリーノ側にとってはとんだとばっちりで気の毒なことこの上ない。
ゆるい坂をいくつも登っていく。段階的に山の高いところ高いところへと進んでいる。牧草地やらブロッコリ畑やらがだだっ広く丘一面にあった。なんとのどかな風景だろうか。
おどろいたのはところどころ丘の緑が「崩落」していることだ。雨続きの悪天候で畑が水に流されているのだ。野菜相場高騰の原因がここにあったのだ。
畑の規模も果てしなくでかいのだが土砂災害の規模も果てしなくでかい。自然は恐い。
たぶんここがてっぺんだよ、というところ。風力発電のプロペラがいくつもいくつもくるくると回っていた。三浦半島のそれよりも多かった。
途中、すんごい光景をみてしまった。数台のバスが武装した警官隊に止められている。お客がみんな車外にバンザイして整列している。なんと全員がナーポリのティフォジ!つまり危険人物一斉検問てことだ。
フオーリ・カーサ。
そこまでやるか、と思うのだがこの国ではあたりまえなんだろうなあ。
後ろのやかましい連中がそれを見てまた盛り上がる。もしもし?明日は我が身じゃねぇのか?
バスはいきなり高速を降りた。小さな工場の敷地に停車した。運ちゃんがもよおしたからなのか?と余計な心配をしたが、どうやらココはれっきとした停車場だったようだ。
お客は上の階にやってきた。
ここあいてるの?ここは?とやたら声がでかいおばちゃんが席を探す。そのよくしゃべることしゃべること。あなたたちどこから来たの?きょうはどこいくのよ?と奴らにも平気でしゃべりかける。その迫力に押されてか、ティフォジ達は沈黙。マンマにはからきし弱いという、ナポレターノの教科書どおりの習性に俺は苦笑する。
1月の南イタリア。晴れ空ということを差し引いても、暖い。あちこちで雑草の花が咲き乱れているのはそこそこの温度と十分な水分がある証拠だ。おそらくこのあたりは真夏の水分がない時期に地表が枯れてしまうのだろうか。


山からだいぶ下ってきたようだ。オリーブ畑が広がってきた。見事である。
バスはまた高速を降りて次の停車場へと向かった。
急に胸が熱くなった。
バスが停まった場所(ガソリンスタンド併設のドライブイン)にあきらかに見覚えがあったからだ。
そこは、7年前に来た場所だったのだ。
当時のことをいくつもいくつも思い出した。

当時、ヒッチハイクなるものをやった。
バーリのIC入り口で8時間立ちっぱなしで、夕方にやっと乗せてもらったのは荒井注にそっくりなカミオンのおやじ。
ビクビクしてた俺に、「めし食うぞ」と立ち寄った場所がまさにココだったのだ。
やたらと肩をくんでは人のポケットをまさぐる、いんちきくさいスタンド従業員とは「スキラッチ最高!」と盛り上がった。
「あいつ(カミオンの親父)はコレ(極道)だから気を付けろ!」と何度も頬に指をたてて脅かすバールの親父がいて、カフェとアーティチョークのリキュールをおごりで飲んだりした。
裏のリストランテではカミオン仲間と一緒にめしを食った。親父が「こいつは俺の息子、トーキョーの息子だ!」と自慢してくれた時はうれしくて涙がでた。
ココだったんだよなぁ。
俺はせめてドライブインをのぞこうと思った。が、バスはすぐに発車しそうだったので、俺はそのドライブインに立ち寄ることができなかった。
ほどなくバスは発車した。
そういえばカミオンの親父とは手紙を一度書いたきりで、電話をしても不通で連絡がとれなかった。もちろん親父から手紙がくることもなく。
俺がイタリア語を勉強するきっかけは、この親父にもっとちゃんとした返事がかけたらいいのに、という動機からなのだ。
この名前も位置もわからないドライブインについて長く長く感傷にひたっていると、まもなく街がみえてきた。フォッジァだ。
街に入る。さすがにナーポリとは違って整然とした街だ。
街の中心街に向かってきびきびっと角を曲がり、広場らしき場所のやや離れにビシッと停車した。
俺は時間をみてびっくりした。まだ12時台なのだ。
半分あきらめで、やけのやんぱちで飛び乗ったはずのバスが、ねぼけて乗り過ごした列車に勝ったのだ。
気分が妙によくなってきた。駅まで歩く道のりにはおもわず鼻歌がでてしまう。
駅についた。バーリ行きのロカーレはついぞさっきにいってしまったようだが、次には13時25分のIC677がある。バーリ到着は14時40分。いける!
フォッジァで約一時間待ちだ。
自動券売機でとっととキップを買った。
「ハラ、減った」
息子が言った。じゃ、街をぶらつきながら軽くメシとしよう。
駅からすこし街の中心まであるいた。が、休日ということもあり、ちゃんと食えそうな店はしまっている。じゃ駅前バールしかないねぇ、と息子に言うと「またピッツア?でもいいや!うまいし」
悪い、息子よ。たとえ駅前のB級ピッツアでも日本のどこよりもうまいから。
駅前バールは思いの他たくさんのメニューがあった。もちろん息子のお気に入りのマルゲリータもある(できあいのやつだが)。息子の腹にバカバカつめこむんだからと、せめて野菜だのプロシュットだのをパニーニに余計にはさんだ。さあ食え!

テーブルがどうしようもなくキタナイ。キッチンペーパーでごしごしやってこぎれいにしたのだが、今度はそのテーブルの上で馬鹿食いをして汚す親子(笑)。でも食べおわったあとに親子でテーブルをごしごしごし。には周囲は引いていたような・・・、まあいいか。
まだ時間がある。また街の中心に行ってみた。さっきから気になっていたフェンスに囲われた空間は全部テニスコートだった。フットサルコートじゃないじゃんよ!と息子と悔しがる。
かつてはバーリとともにセリエAを多いにかき回したクラブ、フォッジア。現在はセリエC1。
たった駅前の周辺だけであるがカルチョの雰囲気が全くないのにはがっかりした。
さあ、戻るベえか。と引き返すそのとき、「それ」はあった。

NAPOLI COLERA
???
ナーポリ・コレラ。
地元民が発したメッセージ「ナーポリのコレラ野朗!」なのだろうか?
それともナーポリの悪い子が己の恐ろしさをココで知らしめるため書き殴った「ナーポリ・コレラ参上!」なのだろうか?
わからん。
が、ナーポリ-フォッジアの路線バスが存在する以上は両住民の交流があるのだから不自然では、ない。
嫌われ者ナーポリ。上等じゃないか。
駅に戻るとあと10分くらいで列車の来る時間になっていた。ちょうどよい。
列車が「定刻」に来た。
おばあちゃんが俺に「これバーリ?」と聞いてくる。
「この列車は、バーリ・チェントラーレに向かいます」と俺は丁寧に答えた。
おばあちゃんがふうふういいながら荷物を先に車内に、とおもったらその先から手がのびてくる。
「プレーゴ」
男がおばあちゃんの荷物をあげ、さらに手を差し伸べている。珍しい光景だ。
だぁ?
男はナーポリのマフラーを巻いていた!なんだよそりゃ!
気が付くと回りはナーポリのティフォジばかり。
うれしいやらなんやら。俺は自然と奮い立った。
車両の中でティフォジ達が俺を囲んでじろじろ見る。びびるどころか、俺は興奮して連中にこう言った。
「くそったれバーリ、栄光のナーポリ!」
連中がざわめいた。
さらに俺は続けた。
「今日、死ぬのは奴らだ。俺達は5-0で勝つ」
おいおい、こいつもイカれてんなぁ?とも言いたげに連中はうなりをあげる。喜んでる。
連中の一人、さっきおばあちゃんの手をひいた奴が握手してくる。それに続いていろんなやつが俺の肩をたたき、うれしそうな顔をする。
「席はあるかい?」
俺は相当舞い上がって連中に言った。連中はささっと席を2つ空けてくれた。
こんなんでいいんだろうか。
俺は自分の行動がはたして正しいのか疑問に思った。連中は見るからにヤバそうだ。ナーポリの街角でふらふらしている「仕事してねぇだろこいつ」という感じのタイプばっかり。ひょっとしたらクスリやってる奴もいるかもしらん。
子供連れの外国人でしかも旅行者。
コトが起きてから俺は息子を守れるだろうか?
もう遅いかもしれない。すでに15から20人くらいが俺の周りで盛り上がっている。みんな俺を見てなにかわめいている。
遠めの席でフツーの客が哀れそうにこっちを見ている。ああ!そんな目でみないで(笑)。
列車が動き出す。
1時間30分の「世界の車窓から・特別編」がスタートした。
背中に汗をかきながら、連中の興味が他にいってくれるコトを祈っていた。いくら好きなチームのファンとはいえ、これだけの数の「イッちゃってる」連中に注目されるというのはある意味予想外だった。
そんな状況の最中、息子が信じられないことを言い出した。
「オトー、花札で勝負しよう」
おい!
「たいくつだ」
正気かオメーは!
連中が見守る中、息子はささっと札を切り分けた。花札は成田からのヒコーキ以来だ。
案の定周辺に人垣ができる。それもすんげぇ人数。俺は勝負に集中できない。
連中が花札を見てざわめいている。
一人がたまらずにからんできたので俺はいちいち札を説明してさしあげる。
赤短、青短、字が書いてある短冊、etc・・・。
アカタン、アオタン・・・と連中がたどたどしく反復して言うのが可愛くもおかしい。
3本目の勝負が終わる頃、俺はくたくたになっていた。
不意に後方の通路ドアが開く。車掌だ!
やった!救いの神だ!と、へたれな俺は心の中でうれし泣き。
しかし、連中の存在に気が付くと車掌はそのままUターンしてしまった。
おい!
連中がからんできた。
「お前、キップいくらだった?」
「ふたりで14エウロ」
「フォッジアからバーリは検札なんかこないぜ、損したな」
「いや、俺たちは旅行者だから」
さっきまでいきがって「死ぬのは奴らだ」っていってた俺のセリフはなんだったんだろう(笑)。
遠めにアドリア海がみえた。相変わらず茶色だな、なんて7年前に途中下車して海で遊んだことを思い出す。
BARLETTAという駅に着いた。連中はここから急に窓をばんばんたたいたり、外に向かってマフラーを広げて歌を歌い始めた。バーリが近くなってきたからテンションがあがってるのだろうか?
俺は車内の様子が変化しているのに気づく。
良く話しかけてきた男がデッキに消える。それに続いてぞろぞろと連中がデッキに消える。
数分後、デッキの方からゴキ!バキ!と破壊音が聞こえる。一人の男が気勢をあげると全員がそれにつられて気勢をあげる。
ふらふらっとひとりの男がこっちにやってきた。何ごとなのか聞こうと思ったが、奴の目はすでに「イッて」いた。男は自分のマフラーを席から取ると、ごんごんごん!と打撃音が鳴り響くデッキの奥へと消えていった。
景気付けにクスリでもやってたんか???
ものすごい大音圧で歌が聞こえてくる。何曲も何曲も。車内にはもう俺らと数人の一般客しかいなかった。
バーリ・チェントラーレに到着。
うぁあああ!という掛け声で連中が車外へ飛び出し、こぶしを上げて行進をはじめた。
俺は興奮した。まるでナーポリのティフォジとして「殴り込み」に来た気分になった。
くそったれバーリ!栄光のナーポリ!
目を三角にして俺は連中の50m後ろから駅ののゲートに向かっていく。
青い壁があった。

「青い壁」がいっせいに連中を取り囲む。武装した機動隊だ。青いヘルメットをかぶった彼らは長い棒で連中の行く先をふさぎ、はみ出そうとした奴はかたっぱしから容赦なく棒で殴り倒している。
俺の「殴り込み」はここで終わってしまった。
俺はこの瞬間から「一般観光客」に戻ってしまった。駅員に丁寧に「どうぞどうぞこちらへ」と誘導され、俺と息子は違うゲートから駅の外にでた。
遠目には尋問されたり殴られたり、ケリをくらっているティフォジが見える。
フオーリ・カーサ。
ここはよそ様のおうち。
アッディーオ。楽しい一瞬をありがとう。
頭を切り替えて次のことを考える。
「ナポリ来襲」騒ぎの状態にバーリ駅前は騒然となっている。俺はロータリーをぶらぶらしながら、サン・ニコラ行きのバスを探した。運ちゃんにかたっぱしから聞いて回るのだが誰もが「しらね!」と不機嫌だ。
ふと、数台の同じ番号のバスが固まっている箇所があった。
「あのー、サン・ニコラこちらでよろしいでしょうか?」
運ちゃんたちは無表情だった。
「あのー」
無視。どうしたんだ?
「失礼ですが」
運ちゃん達の表情がこわばっているのがわかった。
一人の運ちゃんが来て、俺に向かって怒鳴った。
「おい!このバスは乗車不可だ!無理だ!」
えー?どうしたの?
とにかくこんな異常な状態に業務放棄か?
空気を読むのには少し時間がかかった。
荒れ狂うナーポリのティフォジのためにバスをしたてる段取りをしていたのだ、たぶん。
だとすれば、誰が行くかで相当現場はもめてたのかもしれない。
ご愁傷様(笑)。
すでに試合は始まっている時間らしい。とりあえず一服しようと、駅前バール「SAYONARA」に入ろうとするが、空いてるのだが中の電気が消えていて休業中。
これほどまでにカルチョは市民生活を変えるのか。うーんココだけか。観光客は困るな(笑)。
交通手段がないとなると、しかたない。
息子の手を引っ張って、俺はタクシー乗り場へと向かった。
プジョー307ワゴンのタクシーの運ちゃんは携帯をいじっていてこちらに気づかない。
俺はあせってたので問答無用にドアをたたいた。もちろん、コブシでだ。
どん!どん!
わあぁぁぁ!て言う顔で運ちゃんは驚いて姿勢を正した。
「スタディオまで、特上、急ぎ!できる?」と俺は急き立てた。
「急ぎ!オーケー!」
と、運ちゃんが言う前から俺はドアを空けて息子と乗りこむ。
プジョー307はバーリの駅ヨコのアンダーパスを抜けると、あきらかに無茶な速度で街中を疾走した。
特上、急ぎ。本当に実行するところが面白い。
不意に運ちゃんが話しかけてきた。
「アンタ達、日本から?」
「その通り、わかった?」
「カルチョが好きなの?」
「ああ、見るのもやるのも」
見覚えのある道だ。7年前インターチェンジに向かってさまよった道だ。
「息子サンはカルチョやってるの?」
息子がボールリュックを持ってるのを見逃してない。
「そうだ、2つのクラブで練習してる」
「それは、すごい!」
「FCトーキョーで練習してるんだ」
「FCトーキョー!ブラーボー!」
「知ってるのか?」
「知らないけど、ブラーボー!」
「アヴェリーノよりも強い」
「はははは!は!は!は!」
思いのほか、受けていた。
「8月にレアルマドリーとやった」
「本当か?すごいことだ、FCトーキョー」
イタリア人に向かってこんな会話が出来るとはおもわなんだ。とりあえず村林常務には感謝だ。
運ちゃんはぼそっと言った。
「じゃ、バーリにも勝てるな」
「え?どうかな」
一応、遠慮しといたつもりだ。
「バーリはダメだ」
さびしいことを言うなよおい!
ふと、ルームミラーにゼブラ(白黒)のストラップ(ヒモだかなんだかわからんが)がぶらぶらしてた。
ユベンチーノ。
これも南部の現実か。
どうしても気になったので、運ちゃんに聞いた。
「帰りはヒコーキなんだが、空港・・・なんてったけ?」
「パレーゼ」
「そう!パレーゼはスタディオからどのようにしていくのであるか?」
「行けない。バスはないぞ」
「駅までもどる必要あり?」
運ちゃんはしばらく黙っていた。
プジョー307は街を離れ、アウトストラーダへと向かうアクセス道路を突っ走っている。周りには延々と荒野のような風景が続いている。
7年前、ここを歩いた。つらい思い出の道だ。
「携帯もってるか」
運ちゃんは唐突に聞いてきた。
「ない。どうしてなのだ?」
「ココまで迎えに来るよ」
「いいのであるか?」
「じゃ、俺にかけてくれ。すぐに迎えにあがる」
メモ用紙とペンを渡した。
「番号」
運ちゃんはささっと書く。
スタディオに着いた。ゲートのそばまでつけてくれた。
「じゃ、試合終わったらここに来てくれ。俺は16時のはんぶん(30分)にはここに車を回す」
[了解した」
「電話、たのむな」
「わかった。アンタの名前は?」
「ドメーニコ!」
「・・・オーケー!」
「また会おう」
果たしてドメーニコにうまく再会できるだろうか。
試合ははじまっている。胸がドキドキする。
怒号と歓声が半分づつ聞こえる。
チケット売り場がある。このへんがメインだかバックだかわからんが、試合終了後にはうまく脱出できる位置にしたほうがいいみたいだ。

ダフ屋のおじさんがさっきからこちらをチラチラみてはこちらと距離を計っている。俺はムシする。
チケット売場をのぞくと、ダフ屋のおじさんはがまんできなくたったのか「おまえ、俺から買え!」とまくしたてた。
俺から買え!・・・って、言い方あまりにもストレートなので驚いた。が、一応旅行中の身なので当日券を買わないと失礼だ。俺は急いでいるので目を三角にしておじさんに言った。
「俺はここで買いたいんだ!」
わけのわからんセリフだ(笑)。
おじさんは固まってしまった(笑)
とりあえずチケット売り場に顔を突っ込んで聞いた。
「このゲートに一番近い席」
係員はチケットを出して、20エウロと言った。
「2枚」
100エウロ札を突きつけ、お釣りとチケットを引っつかむと俺は息子を連れて駆け足で金網に囲われたゲートに入る。メインスタンドらしい。
警備員の数がやたらめったら多い。浦和レッズvsFC東京みたいだ(笑)。
チケットを見せる。とっとと入るように言われる。
中からは怒号とバクチクの音が聞こえてくる。
胸が高鳴る。気が付くと小走りになっていた。
スタンドに出た。目の前にはカルチョの世界が広がっていた。
やっぱり似てるな。まずそう思った。
トウキョウスタジアムが出来たとき、俺はこのサン・ニコラのことを連想してたからだ。
やっぱり似てる。スタンドの角度がややこっちの方が急で見やすいなぁ。と思う。
と、そのとき

どかーん
花火が鳴る。ビビる。
どかーん
まただ。どちらのティフォジの仕業か不明。
どかーん
こんな花火どっからもってくるんだ?
どう考えても砲弾の音にしか聞こえない。
ただただ驚くばかりである。
どかーん
またかよ!しかしこれは爆竹というよりか江戸花火でいう三尺玉級の爆音だ。
さらに2Fスタンドを見てびびった。
サン・ニコラの2Fはまるで花びらのような形状している。その一枚一枚ごとがブロックになっているのだが、俺がみたのはその花びらの一枚に押し込められたナポリからのお客さん、つまりウルトラの連中であった。その数推定500人。そしてそのみごとな隔離のされっぷり。おびただしい数のダンマクには、「今日、死ぬ、うんぬん・・・」だの「地獄からの何トカ」だの、相変わらず極道なメッセージが並んでいる。「ブロンクス」というのもあった。なるほど、そーいうイメージもふりまいてるのだね。(笑)
出入り口には10人単位で機動隊がガードしている。というよりか誰も出ないように「蓋」をしているかのようだった。
おしっこしたくなったらどうすんだ。あ、やつらはトイレでするわけないか(笑)。

クルヴァ・スッドの2Fにはバーリのウルトラが陣取る。
その数推定1500人。その怒号と暴れっぷリは立派に極悪なムードなんだがゲート旗に描かれたニワトリ(注:バーリのシンボル)のイラストがかわいかったりするので、ずっこけてしまう。
こんど「キンチョー」の登録商標を大伸ばしにして進呈してみよう。あのリアルさというか生々しさは迫力満点なので喜ぶだろう?
良く見るとゲート旗にまぎれて「日章旗」がたくさんあった。ペルージャもそうだが、赤白チームにはアレが似合うのが不思議だ。さすがに「君が代」入りの日の丸はなかったな。おっと!
ああそうだ、試合みなきゃ。
心の中ではナーポリを応援してるが俺はすでに一般観光客だ。おとなしくメインの1Fに収まった。
それにしても、寒い。南国バーリとはいえ、この場所はふきっさらしの荒野のど真ん中。屋根のおかげで日当たりも、ない。俺はコートの襟を立てた。
スタンドはがらがらだ。どうサバ読んでも5、6千人しか入っていないかもしらん。
そんな寒さはピッチにも充満していたようだ。バーリもナーポリもいまひとつぴりっとしない展開だ。現在の両チームの順位をそのまま表現してるようだ。
それにしてもナーポリ、引きすぎだ。情けない。どうみても相手は下にいるバーリだ。
フオーリ・カーサ
カルチョとはそういうものなのか。
ただ、そんな状況下にあって異質な動きをみせる男がいた。レナト・オリーヴェだ。
ナカータがペルージャに入ったときに仲良しだった奴、といえば思い出すであろうか。彼は今季、ナーポリ入りした。今日の彼は中盤の底だけでなく、センターバックのぽろりや右サイドになぜかできる「穴」を世話して回っている。本当に働き者だ。
とにかく、オリーヴェがせわしなく前に後ろにサイドにとよく動く。っていうか、他の選手は何を意図してあんなに引いて動かないのだろうか?
バーリは、それに輪をかけて動かない。カーサでこれは情けない。ドメーニコのことが目に浮かんだ。
カルチョの好きなところ。俺は「一瞬のカウンター」にそれを求めている。
たとえればそれは獣の格闘。お互い、にらみあって動かない。動けない。動くと「スキ」ができる。動くときは一瞬で相手の急所をつかなければいけない。つまり少ないタッチ数でゴールネットをゆする。その「間」はチャンバラのクライマックスにも通じるのだ。桃太郎侍が大好きな俺はそういう傾向がある。
一撃必殺のアート。失敗は死。
ただ、今日のこのサン・ニコラにはそういう「ぎりぎりの殺気」も足りない。どうしたことだろう。
だから、オリーヴェなのである。頼む、なんとかしてくれ。
時間だけが過ぎていく。
前半終了、0-0。(俺がみてる間は)
電光掲示板は何も表示してなかった。
どちらかに点がはいっていればクルヴァの盛り上がり方もちがったろうが、なんだか両方とも冷めていたように感じるのだ。だから0-0だろうなぁ。
あいかわらず、寒い。
もつ煮込みとか、あまざけとかあればいいなぁ、と思った。
ふと、記憶のかなた、90年大会のことを思い出した。たしかここ、サン・ニコラは3位決定戦に回った開催国イタリアとイングランドが対戦した地である。あの独特な「花びら」型のスタンドを雑誌にみかけるたびに、すんげぇなぁ-って思ってたもんだ。
そもそもあの大会については、イタリアvsアルゼンチンが行われたナーポリのスタディオ・サン・パオロにかなり強い印象が残っているが。
さて、しみじみしている間に後半が始まるようだ。息子は寒い寒いとぐちをこぼしていたが、リザーブ選手のボール回しをみてへぇー、っと感心していた。
どかーん
また花火である。こんどは両クルヴァもヒートアップしてきた。
一瞬、耳を疑った。ナーポリのティフォジが「バーリ、###」とコールしている。なんだろう?なかなか聞き取れない。
それに呼応して、バーリのティフォジが応えている。
「ナポレターニ、XXX~」
よく聞き取れない。
臭い?
芥(ゴミ)?
懸命にヒアリングするが、わからない。
おまけに
蓋?
わかんねぇよ(笑)。
それにしてもすごい音量である。あの人数しかいないのに、満員御礼の仙台スタジアムをはるかにしのぐ音量である。それは単純に「ボリューム」でなく、むしろ人の聴覚にいちばん響く周波数、そして震動をともなった「音圧」といった方があてはまるだろう。
久しぶりだなぁ。埼玉スタジアムでトゥルキエのおやじ達の後方にいたときに感じた「音圧」以来だ。
全員が男。全員がハラに力をいれての声。
「ナポレターニ、XXX~」がますますヒートアップしてきた。
ナーポリのティフォジは人数分音圧にまけてしまっているが、発煙筒をぼんぼん焚き「花びら」を紅く染めていく。
俺も心の中が熱くなった。メインとはいえ親父の怒号に囲まれている以上、ただの観光客をしてなければならないのがチトつらいが。


後半開始だ。
ナーポリが目が覚めたようにかなりとばしてきている。全体的に前に人数をかけて明らかに「1点狙い」にいっている。
相変わらず「引き」モードのバーリの両サイドのスペースに深くはいってから中央にボールをあてるという新しい攻撃パターンがはまる。
決定機が訪れるたびに、俺のいるメインの観客が天をみあげてため息をつく。しかし肝心なところでポロリ、ポロリ。フィニッシュが全然ダメだ。
というかこれはバーリの作戦かもしれない。
ちっとも真ん中にボールがはいらなくなるとみるや、ナーポリの中で何かリズムが狂いはじめた。
引いてばっかりだったバーリだが、ときおり前がかりのナーポリの間延びしたDFラインの前をねらってボールをいれてくるようになってくる。
狙いどおり。バーリのアタッカーが右に左に流れていく。センターバックのクリアボールが「ちょうどよいかんじ」に前線のオープンスペースに流れていく。それは意図してやったものかはわからんが。
あわてるナーポリ。ただ一人ぽっかりスペースを埋めるために奔走していたレナト・オリーヴェがしきりに味方にどなりつけてシメていこうという様子だった。
ジコはそのとき起きた。
サイドに流れたボールを競りにいったオリーヴェの当たりが強すぎ、相手を倒してしまう。このプレーにたいしてなんと一発レッド!
サン・ニコラに通りすぎる一瞬の間。
直後、メインもバックも、まるで点がはいったかのような大歓声の嵐。ナーポリのクルヴァからはギャオギャオと怒号が聞こえた。発煙筒が何本も何本も投げ込まれる。
あっちゃ~。
ナーポリはどう動くか、俺はベンチの判断を冷静にみていた。リスクを負っても攻撃にでるか、それとも勝ち点1キープで終わるか。
だめだ。ナーポリは完全に後者をとる。
この時点で俺は考えた。もうどちらにも点が入る気配はない。
メイン周辺がそわそわしている。
家族連れが何組か席を立った。
いよいよ脱出の必要ありか。
モノ悲しくも、しかたない。
うす暗くなりかけたスタディオとおさらばだ。
ふいにまたドメーニコのことが頭に浮かんだ。
あいつ、ちゃんと約束守れるかなぁ?
16時40分。
意を決して席を立つ。
さよなら、サン・ニコラ。
さよなら、カルチョ。
階段を降りる。また薄暗くなっている。
金網のゲートを抜け、駐車場に向かう。

不意にぷっ、とホーンが呼ぶ。
「ドメーニコ!」俺は叫んだ。
ちゃんと待っててくれたんだ。
息子をささっとのせ、俺もするっと乗りこむ。
「どうだ?」
「ゴール見れなかった」
「残念だね」
「でも、いいんだ」
「このまま日本に帰るのか?」
「いや、明日の早朝にフィウミチーノからだ」
「今日はローマ?」
「その通り」
ドメーニコは120kmですいすいと空港へ向かっていった。特上、急ぎのサービス継続中。
南イタリア・プーリアの夕暮れ。
地平線が影絵のようで心にきゅんときた。
10分少々で空港に着いた。早い。
20エウロ。高いような気もしたが「特上・急ぎ」のサービスに「送迎」がはいっているんだから、日本のタクシーよりは確実に安い。
いい仕事してる。
「また、おいでよ」
「こんどはゆっくりくるよ」
「そのときは電話してくれ」
「あ!そうだね・・・」
俺はメモ紙を見なおして、言った。
ほんと、いい仕事するね。
ドメーニコと別れ、俺と息子はバーリ・パレーゼ空港に入った。
思わず笑った。
小さい。
マルタ・ルア国際空港の3分の1しかない。
人がものすごくいた。大混雑だ。
そのほとんどが家族連れであった。子供が多い。
今日は祝日だから、里帰りしたのだろうか。
お見送りらしいおじいちゃんおばあちゃんもたくさんいる。
空港の端から橋まで歩く。あっという間だ。
どうやら東洋人は俺達だけのようだ。やたらジロジロ見られる。
田舎だしなぁ。どうもどうも(笑)。
20分ほど並んでようやくチェックインできた。
出発が遅れます、とご丁寧に言われる。
そうかぁ。
ハラが減ったのでくいものを、と思ったがメシ屋はすでに閉店している。一軒しかないバールは大混雑で、食い物など残りわずかしかない。
息子の食うパニーニを買うのがやっとだった。
ゲートに入る。
確かに、ヒコーキは遅れるようだった。
搭乗ロビーにはちゃんとしたみやげやがあった。そうだ、ココで買い物しよう。
息子にはココで友達への土産を買うように言った。俺はお世話になってる上司にネクタイを買い、大家さんにはプーリア名物のオレッキエッテのパスタのセット一式を買った。アズーロの工場には現地のスクーターの雑誌とカルチョの雑誌を買った。アズーロ社長の息子クンには日本ではまだないFIAT・PUNTO最新型のミニカーを買った。
店員ははじめ東洋人を見て眉をひそめていたが、バカバカと買い物するうちにやたらうれしそうな顔になっていった。
なんたって俺は今しか買い物できない状態なんで仕方ない。一点集中主義(笑)。
70エウロも買い物してしまった。
地方空港の国内線。待合ロビーがすごく生活臭い。マルタどころではない。
たくさんの家族連れ。みんな実家からローマ
なりミラノなりの都会に戻るのだろうか。
外はまったく暗くなっている。
7時フライト予定のヒコーキは7時30分になったみたいだ、と隣の夫婦が話していた。
ローマに着くのは9時くらいかなぁ。
やがて、ヒコーキへと案内される。
たくさんの家族連れが小さい